愛染明王

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梵語名 rāgarājaと言い ・ラーガ(愛欲・赤色)ラジャー(王)、若しくはmahārāgaマハーラーガの意訳を愛染王で音訳を羅誐羅闍(らがらじゃ)とされているが、金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆが)(きょう)、略して瑜祇経に記述はあるが梵語名を含めて出自は明確でない。    
釈尊の仏教は煩悩即菩提すなわち愛欲や煩悩を捨てる様に説く、しかし密教はチベットやブータンの後期密教は無論の事、日本が採用している中期密教でもヒンズー色を取り込りこんでいる、愛染明王は典型的な密教尊で人間の欲望・愛欲を浄化した状態を仏格化した像である、愛欲と貪染(とんぜん)を浄菩提心とする瞑想の世界、”煩悩即菩提”言い換えれば煩悩・愛欲におぼれ求道からドロップアウトした衆生を救済すると言う、すなわち三昧
Samādhi・サマーデイに住む、梵語の経典には観られないが、後期密教を採用しているチベット経典や儀軌に観る事が出来る、因みに三昧とはサマーデの音訳で瞑想に於いて精神集中が頂点に達した状態を言う
顕教の世界では煩悩及び愛欲は覚りの障害であるが、密教に於いては「煩悩即菩提」の教えにより愛欲、情欲の煩悩を浄化し覚りの道に案内する、即ち男女間に起こるトラブルを解き、絶対の愛を覚らせる明王である、多幸感すなわちeuforia(ユーフォリア・伊語)との説明書も散見する、衆生では ・縁結び ・恋愛成就の明王として祀られ、女性特有の仕事に就く人々の守護神的な信仰も観られる。
尊格としては大日如来金剛薩埵の化身とされる、因みにrāgaは性的な愛欲をも意味し、rāgaは王を意味する、もう一つRāgaには音楽に於ける調律の意味を持ち複数(7or16)に擬人化されている。 
不動明王胎蔵曼荼羅の象徴尊であるのに対して、金剛界曼荼羅の象徴尊は愛染明王である、その他愛染明王は「瑜祇経」「瑜伽大教王経」等に登場する。
平安初期に空海により伝えられたとされる尊格であるが、但し仏像としての作例は平安後期以降の制作になる、
聖宝(しょうぼう)など空海の弟子達から信仰された様で江戸時代には愛染信仰は隆盛を極めた。
愛染明王の尊格はインドや中国では観られない、さらにrāgarāja、mahārāgaの尊名は梵語の文献には存在しないと言う資料が多いが、インド仏教と直接交流があったチベット仏教の経典類に散見できる、またチベットでは
タキ・ラージャtakki raja)「漢名「口乇枳王と言う別尊名でタントラや曼荼羅に登場すると言う、但し金胎不二を強調する「祇経愛染王品第五(金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経)を挙げながらもバラモンすなわちインドに於ける密教史上登場した事は無いと言う、あるいは中国で成立した可能性を言う説もいわれるが疑問視が付く、本来はヒンドゥー教の愛の神、カーマKāmadevaの説が有力である、またチベット佛教(ニンマ派)では(吒枳王タキ・ラージャ・takki rajaとして崇拝される宗派がある。 
愛染明王の発祥に関してインド以外の国を(ほの)めかす説がある、故岩本裕氏は「日常仏教語・中公新書」に於いて、梵語文献にはRāgarāja(ラーガ・ラージャ)の呼称は見る事が出来ないと言う

躯体を愛欲の象徴である赤色で示し深い愛欲と性的欲求をそのまま表現する事が、性愛に覚りを求める「煩悩即菩提」の姿としたと言える、愛嬌・容姿に霊験があるとされてるが、多くは粋筋の女性達や染色業者の信仰を集めている、代表的な文学作品には近松の「冥途飛脚(めいどのひきゃく)」西鶴の「男色大鑑(なんしょくおおかがみ)」等であり、事例としては谷中の永法寺や四天王寺の勝鬘院の賑わいが観られる。  
愛染明王は大日如来
金剛薩埵(さった)・金剛愛菩薩の変化尊(avatāra)即ち仮の姿である、真言宗の内特に広沢流
仁和寺系)に於いて重要視され煩悩即菩提を言い、愛欲に染まる愚民を浄化し解脱に導く明王である、愛欲と貪染(どんぜん)を肯定して浄菩提心とするパワーを持った明王であるが降伏・除魔にも多用された
平安時代に伝えられ空海が唐より尊像を持参し愛染法と言う呪法に採用したとされ自身の念持佛として携帯もされた。
金剛頂経
に於いても最重要視しており、大日如来を経て金剛薩
・金剛愛菩薩の化身とも言われるが、「瑜祇経」すなわち「金剛峰楼閣一切瑜伽瑜祇経」の「愛染王品」を典拠としており、愛欲を肯定する教理から理趣経を源とした説も強い、すなわち密教に於いては人間が覚る過程において克服しなければならない煩悩の一つである愛欲を覚りに変える「愛欲即菩提」・「煩悩即菩提」の指導的役割を担う為に体全体を紅色に染めている。
姿形としては「瑜祇経」、正式には「金剛峯楼閣一切瑜伽祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)」に詳しい、真紅の躯体を持ち密教に於ける明王尊特有の一面三眼六臂で憤怒(ふんぬ)相で蓮華座に結跏趺坐し獅子冠を頭上にかぶり真紅の日輪光背を背負い、三眼六臂の内で中央左右に弓矢を持ち蓮華座下に宝瓶や宝物を置き、最前手には密教法具の・金剛杵・金剛鈴を、奥の手には右に・蓮華・左は拳を握るが必須の持物は弓と矢である、台密
(天台宗)では異形像もある、因みに愛染明王に立像は存在しない様である。
観想上のアイテムに愛染曼荼羅がある、金剛界と胎蔵界の同一性を説いた瑜祗経を典拠した愛染明王に四佛・四波羅密十六大菩薩などが配置される様である、もう一つ十七尊の曼荼羅は修験極印灌頂法に修される。
特殊な例としてローマ神話の愛の神であるカーマKama・キューピットCupidとの関連が思惟されている、弓矢を持つ天弓愛染明王
(金剛峯寺他)や両部曼荼羅を象徴する不動明王と共に二顔を持つ両頭愛染明王等も在る、因みにカーマはヒンドゥー教でも愛の神である、また実在像は少ないが、金剛智の漢訳「金剛峰楼閣一切瑜伽瑜祇経((こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)」略して瑜祇経に依れば”左に金剛弓を、右に金剛箭を執るは衆星の光を射るがごとし”を造形したにが天弓愛染明王(注3)である。 
重複するが空海
が請来し高野山金剛峯寺の寺名の基になった「金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祗経」に愛染明王が説かれているがその起源などは定かではない、また上記の漢訳経典は存在するが日本以外では造像された形跡は知られていない、愛染法と言う加持祈祷を司る修法があるが皇位継承に関連する調伏に利用された。
信仰対象としては結縁祈願・福寿祈願・延命祈願や参拝する事により美人成就祈願が叶う信仰から愛染参りなどが広まった。  
また真言系では両部曼荼羅明王の代表として不動明王
金剛界と愛染明王胎蔵界を挙げている。
関東地方では頼朝以来、鶴岡八幡宮に於いて戦勝降伏・除魔の祈祷が行われた、また昭和初期に一世を風靡したロマン小説、川口松太郎氏の「愛染かつら」で谷中・永法寺の愛染堂前のかつらの木に二人で手を置き愛を誓えば願いが叶うと言う伝承を利用した小説で映画にもなり一躍有名になる、大阪では四天王寺の別院・愛染堂勝鬘院
(愛染さん・630~ 72日秘仏開帳)での愛染参りなどが賑わいを見せて有名である。 

真言 ウン ダキ ウン ジャク ウン シツジ   


注1、梵語の
Rāgaラガー)は羅我とも記述され紅色、愛欲、情欲とも訳される。

2、両頭愛染明王とは愛染明王と不動明王が二頭で一尊に纏められた尊像で金剛界と胎蔵を金胎不二として表現されており、高野山金剛峰寺に重要文化財として両頭愛染曼荼羅図として( 絹本著色 掛幅装 132,4×115,2cm 鎌倉時代)が存在している。

注3、 天弓愛染明王は重文指定尊数は3尊と少ない、姿形は瑜祇経に記述されるが、両手に持つ弓と矢を天空に向けている、真手には金剛杵を持つ、
*高野金剛(和歌山県) *放光寺(山梨県甲州市塩山藤木2438) *神童寺(京都府木津川市山城町神童子不晴谷112)に存在する。 
  
  

主な愛染明王    

仁和寺 厨子入り 坐像 木造彩色 切金文様 51,7cm 平安時代  

観心寺 木造彩色 6,2cm 鎌倉時代 (厨子入り)

観心寺 木造彩色 108,5cm 南北朝時代 

西大寺 坐像 木造彩色 玉眼 切金文様 32,0cm 鎌倉時代 善円作

●西大寺 木造彩色    108,5cm  南北朝時代

東大寺(戒壇院)木造玉眼 93,9cm 室町時代  

●東大寺(俊乗堂)木造彩色 98,4cm 平安時代

秋篠寺 木造彩色 切金文様 229,5cm 鎌倉時代
 

●秋篠寺 木造彩色 切金文様 玉眼 26,2cm 鎌倉時代 

園城寺 坐像 木造彩色 92,1cm 藤原時代

●金蔵院(和歌山県高野町) 坐像 木造彩色玉眼 切金文様 70,9cm 江戸時代   


金剛峰寺 天弓愛染明王 木造彩色 49,5cm 平安時代     

神護寺 木造彩色 玉眼 39,7cm 鎌倉時代 


●称名寺 銅像鍍金 銀象嵌   6.4cm  鎌倉時代 横浜市金沢区金沢町212-1 

●東京国立博物館 木造彩色  93,9cm 室町時代 

●東京国立博物館 木造彩色 玉眼 59,6cm 鎌倉時代 

●奈良国立博物館 木造彩色 玉眼 金泥 26,2cm 鎌倉時代 快成作 

●五島美術館 木造 古色 玉眼 103,0cm 鎌倉時代

●竹林寺(高知) 木造 102,0cm 平安時代 高知市五台山

●妙高寺 木造彩色 玉眼 119.1cm 鎌倉時代 (新潟県小千谷市川井114)

●赤岩寺(愛知) 木造彩色 切金文様 玉眼 95,7cm 鎌倉時代  (豊橋市多米町字赤岩山4

●舎那寺(滋賀) 木造彩色 切金文様 玉眼 42,4cm 鎌倉時代

●金剛心寺(京都) 木造彩色 切金文様 玉眼 49,4cm 鎌倉時代


●青竜寺(高知) 木造彩色 切金文様 玉眼 111,9cm
 鎌倉時代

●金剛峯寺 木造彩色 49,5cm 藤原時代 (天弓愛染明王)

●神童寺(京都) 木造彩色 64,5cm
 鎌倉時代(天弓愛染明王)

●放光寺(山梨県) 木造彩色 89,4cm 鎌倉時代(天弓愛染明王) 山梨県塩山市藤木

●絵画は醍醐寺 ・金剛峯寺 ・金剛三昧院 ・総持寺 ・仁和寺 ・太山寺(兵庫) 榛沢寺 ・長徳寺(千葉) ・護国院(東京) ・根津美術館 ・MOA美術館等に存在する。

●青龍寺 木造彩色玉眼 111.9㎝ 鎌倉時代 土佐市宇佐美町竜 

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最終加筆日200476日 2005104 200617日 注1、2014430日 形一部 64愛染王品第五 112日 2015年2月14日 10月6日 2018年1月6日 3月17日 6月9日 2020年5月25日 2022年9月20日 2023年4月21日加筆   

  

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