仏教経典

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経典の興り

経典とは釈尊の生前の教えBuddhavacana ブッダヴァチャナを集成されたものである、この時代インドに文字は存在したが行政や商用など世俗間に於いて使用された、文字を書くことは己から離れる事を意味する為、聖なるサンガsamgha・教団)に於いては経典(仏典・聖典)には使用されなかった、文字の意味や言葉は実態を持たず多様に解釈されて変化する事に加えて文盲率の高さが原因の一つかも知れない、また経文の文字化は教義の形骸化を危惧したとの説もある。
紀元前三世紀頃アショカ王の時代には師から弟子へ口伝で伝へられ、諷誦(ふうじゅ)(svādhyāya)すなわち、空暗記された短い経典は詠まれていた、やがて佛教界に文字が使用される様になり、紀元前一世紀上座部(部派佛教・アビダルマ佛教 theravādaに於いてアーリヤ系の言語である
i語の経典等が著され比較的長文な典籍となる、凡そ数百年後に方等(ほうどう)(梵・vaipulyaすなわち大乗Mahāyāna buddhism  摩訶衍(まかえん) 大衆部(だいしゅぶ)ではインドに於ける公用語と言えるSanskrit(梵語経典が著される、1世紀後半頃に書き写された経典が最初でクシャーナ王朝のカニシカ王の時代に編纂が進められたが多数の仏典が生まれる、仏教には八万四千(注11とも言われる法門があると言われる、また福島正光氏(釈迦・清水書院)に依れば「大正新脩大蔵経」には三千百三十部の文献があり、一万二千百七十五巻で頁数は八万三千九百九十八頁に及ぶとされる、また「仏書解説大辞典(小野玄妙・大東出版社)」に依れば十三巻、八万六千に及ぶと言われる、因みに梵語sasktaは梵天が作った用語と伝承されており日常使用されていないが、インド憲法で公認された公用語の一語であり、佛教ヒンドゥー教、シーク教、ジャイナ教等の儀礼用語として生きている。
「如是我聞
(梵語・エーヴァム・マヤー・シュルタム・eva mayā śruta(5)即ち、私は仏(釈尊)からこの様に聞いた、と作られた経典(仏典)の数は膨大な量になる、スートラ(sūtra)で語源は縦糸の意味であり(たて)糸の如くに書き込まれた典という、因みに経典は顕教経典と密教経典(注12と呼称が分類されるケースがある、即ち顕教は前述のようにスートラと言われる、かたや密教はタントラ(tantra)と呼ばれている、因みに八万四千の経典に中には原典はインドにはないが中国で翻訳されたと言う、因みにスートラの漢訳文字は「修多羅」と表記された、スートラを守らない人間を不修多羅と言いう、「ふしだら」である、また文字を逆転して「多羅修ない」(だらしない)と言う単語がある
タントラの日本語の意訳であるが正木晃氏は「連続」「相続」が有効らしいが、タントリズム、即ちイズムは「教え」を意味する、但しチベットに於いては前後期関係なくタントラと呼称する
大変難解で呼吸法を説いたと思惟される
後漢時代の訳経僧安世高 (あんせいこう)の「大安般守意経(だいあんぱんしゅいきょう)」等もカウントされる、但し経典は急速に普及したとは言えない様で、梵語世界と漢語世界の文化文明から文法等々に至る相違は著しい、箕輪顕量氏(佛教・朝日新聞出版)に依れば「文章表現」「意味内容」の何れを重要視するかの「文質論議」(法句経序、出三蔵記集、第七)を経て成立している、経典類で国宝指定を受けた典籍は四十典を上回る、更に注釈書即ち義疏や宗祖に依る書跡、聖教等が四十典程を数えられる、多くは寺院が所蔵しており閲覧できる作品は少ないが、代表的な処は東京国立博物館で「法華経方便品(竹生島経)」「細字法華経」、奈良国立博物館で「紫紙(しし)金字(きんじ)金光明最勝王経」、京都国立博物館で「浄名(じょうみょう)玄論」「千手千眼陀羅尼経残巻(玄昉願経)」、根津美術館で「根本百一羯磨(こんま)」「無量義経」「観普賢経」等がある。
律蔵を求めてインドへ求法の旅の先駆者とも言える法顕339420年)などは経典を眼にする機会は多くはなかったと言われている、因みに「釈迦牟尼 世尊」の略語が釈尊、釈迦牟尼、世尊、等々と呼ばれる、因みに玄奘以前は「佛・bud」と記述されたが梵語に精通した玄奘以降にはダ即ちdhaを加えて「佛陀」と記述される様になった。
法華経は二十八品まであるが、品とはパリヴ
ルタparivartaの漢訳で章、回転を意味する。
経典に記述されている説法を聞く参加者数であるが、初期大乗仏教の八千頌般若経では参列者は1,250人の男性出家者であったのが、大無量寿経では32000人の弥勒等々の菩薩を初めとする出家者、観無量寿経では12,000(出家)+32,000(菩薩)、であるが法華経の場合は更にヒートアップしてガンジスの砂の数ほど膨大な数の参列者になる。
経典を翻訳する時に漢文に訳さないで、音訳すなわち梵語の音を漢字に写した訳がある、玄奘が嚆矢の様で「五種不翻(ごしゅふほん)」と言い以下の様に五種の不翻がある。
因みに鳩摩羅什と玄奘を二大訳聖と言われるが、四大訳経家と言う挙げ方があり、・鳩摩羅什344413年) ・真諦499569年) ・玄奘 ・不空705774年)を言うが、唯一の中国人は玄奘である。

*(じゅん)古故(ここ) 阿耨多羅三藐三菩提が順古故に相当する。 
*秘密(ひみつ)()般若心経のクライマックス「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」が相当する。
*多含(たごん)() 自在・熾盛・端厳・名称・吉祥・尊貴という六義6つの義・意味)という複数の意味を含む婆伽婆・薄伽梵 ・魔訶など。
*此方(しほう)無故(むこ) (えん)浮樹(ぶじゅ) 乾闥婆(けんだつば) 迦楼(かる)()など。
*尊重(そんちょう)() 般若 佛陀の様に意訳すると耽美さに欠ける場合に使われる。 

多含故の箇所、薄伽梵(ばがぼん)(バガヴァット・bhagavat、婆伽婆)は佛を呼ぶ時に使う尊称、すなわち世尊と同意であるが更に威厳を加味した言葉である


現在までに日本に伝わった代表的な経典を十数点挙げて見た。

経典名

 saskta    i

  ルビ

  備  考

法華経  

saddharmapuṇḍ arariika sūtra

サッダルマプンダリーカ・スートラ 

護国三部経

観音経  

  

 

 

般若心経

Prajñā-pāramitā-hdaya

プラジュニャーパーラミター・フリダヤ・スートラ

金光明経  

Suvaraprabhāsa   

スバルナ・プラバーサ                  

護国三部経   

華巖経   Buddhāvatasakanamamahavaipulyasūtra    

三経義疏  

法華経  維摩経  勝鬘経  三経典の疏書(解説書)

 

 

阿弥陀経  

Sukhāvatīvyūha 

スクハーバティービューハ  

浄土三部経(注14)  

観無量寿経

Sukhāvatīvyūha

 

浄土三部経(注14) 

大無量寿経  

Sukhāvatīvyūha 

スクハーバティービューハ  

浄土三部経(注14)  

教行信証

正信偈 

 

 

法句経  

Dhammapada  

ダンマパダ 

上座部 原始仏典

含経 

āgama  

アガーマ  

原始仏典  

理趣経 

prajñāpāramitā   adhyardhaśatikā 

プラジュニャーパーラミターナヤ・シャタパンチャシャティカー

密教

維摩経  

vimalakiirti-nirea-sūtra 

ビマラキールティ・ニルデーシャ・スートラ 

 

勝鬘経  

śrīmālādevī -sihanāda-sūtra  

シュリーマーラーデービー・シンハナーダ・スートラ   

 

両部の大経 

金剛頂経vajraśekara    大日経 

                      

密教

梵網経

 

 

 

正法眼蔵  

   

   

   

楞伽経

 Lakāvatārasūtra

 

 真言宗、禅宗等

*大日経 Mahāvairocanābhisabodhivikurvitādhiṣṭhānavaipulyasūtrendrarāja nāma dharmaparyāya
*上表の内大乗経典以外と密教は印をつけた。
大無量寿経 (こう)(そう)(がい)訳   観無量寿経 畺良耶舎(きょうりょうやしゃ)訳   阿弥陀経  鳩摩羅什訳。
*真実摂経 正式には一切如来真実摂経と言うが、両部の大経の金剛頂経と同一で、中期密教の代表経典であるが、後期密教への源流的経典と言える。 

仁王(にんのう)般若経(はんにゃきょう)   正式名称は不空訳705774年)「仁王護国般若波羅密多経」、鳩摩羅什344413年)訳が「仁王般若波羅蜜経」と言い、梵語経典は発見されていない、インドで作られた経典ではなく、中国に於いて成立した可能性の高い経典である、従って経典の起源・時期は定かではなく疑経説が確定的とされている。   
鳩摩羅什と不空の訳とされる経典があるが、真言宗が付法八祖の第五の不空訳を使い、天台宗が鳩摩羅什訳を用いている様だ。
天台智顗が護国経典として重要視しており、中国天台宗を中心として日本では「護国三部経」の一経に数えられている、法華経、金光明経の三部経は僧侶達には暗唱が求められた。
特に玄宗皇帝に帰依された不空による仁王護国般若波羅密多経陀羅念誦儀軌に密教化された護国思想や五大力菩薩、五大金剛、五大明王の哲学が説かれ空海円珍により請来された、因みに五大明王はインドで信仰された形跡はなく軍荼利明王、金剛夜叉明王、鳥枢沙摩明王の尊挌は発見されていない。 
上下2巻・8品で構成され、主題として国家興隆と安寧が説かれ、副題に菩薩の修行法を五十一の段階で示し般若経典(般若波羅蜜)の結経に位置付けされる、主題の内容はインドに於いれ、如来と波斯匿王(はしのくおう)対話形式をとるが疑経説が強い。
疑経説はともかく中国・朝鮮半島で重用され、日本に於いても奈良~平安時代にかけて大極殿、紫宸殿、等に於いて仁王般若会が天皇の下で行われた、現在でも五大力菩薩を供養する仁王会は真言宗、天台宗等で行われている。
護国思想は多くは「護国品」「受持品」「嘱累品」に説かれている、また七福神信仰の起こりとも言える経典であり「七難さって七福来る」と記述がある。 

蘇悉地(そしつじ)
  善無畏敬(真言八祖の一人637年~735年)訳の祈祷儀礼が主体で行動(羯磨)金剛杵・五鈷杵などを用い障害難・恐怖などを除去する、正式には
蘇悉地(そしつち)羯羅経(からきょう)(スシッデカラ/susiddhikraと言い、特に天台宗の重要経典でもある。 

瑜祗(ゆが)
  正式名称は「金剛峯楼閣一切瑜祗経」と言い高野山金剛峯寺の銘々の基経で真言密教に於いて覚りを開く為の方法を記述した経典ある。

梵網経   唐招提寺の毘盧舎那仏は梵網経を典拠としれおり、華厳経の毘盧舎那仏と対比されるが、梵網経は「梵網経毘盧舎那佛説菩薩心地戒品」と言い、大乗菩薩戒を説いている、梵網経の説く蓮華蔵世界を天皇中心とした統一国家のシンボル的経典である、最澄が自著の「顕戒論」の参考文献とした経典で、「十発趣心(じゅうほつしゅしん)」「十長養心(じゅうじようようしん)」「十金剛心」「十地」など菩薩の階級の他に「十重(とえ)禁戒(きんかい)」「四十八(よんじゅうはち)軽戒(きょうかい)」などで構成され華巖経 と密接な関係にある。

大集経(だいじつきょう)  大方等(だいほうどう)大集経と言い、経論と如来・菩薩の大集合とを集議された経典で隋の時代に中国に於いて編纂された、十七分六十巻の大経典で密教色が強く「空」論を中心に膨大な数の如来・菩薩を集合させて法を説いたとされる、仏法が廃れゆく末法思想の論拠とされた経典である、多方から集合された経典の為に一貫制に乏しく通常詠まれる事は無い、日蓮が立正安国論に一部分取り入れている、因みに方等とはvaipulyaの意訳で方広とも訳されて広く衆生をサルベージすると言う大乗経典の別称である、因みに方とは広く衆生が救われ、等は等しく法を説くとの意味を持つ。

大般涅槃経  ・遺教経 釈尊の入滅状況や遺言の集成と言うべき経典に「遺教経」正式には「佛垂般涅槃略説教戒経(ぶっしはつねはんりゃくせつきょうかいきょう)」がある、初期仏教から大乗仏教に至るまでに経典がある。著名な経典は鳩摩羅什の訳で弟子達に対して遺言の収録で持戒と徳行を強調しており、特に曹洞宗に於いて重用している、同様の経典に「大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)(大パリニッパーナ経Mahāparinirvāa Sūtra」「仏般泥洹経(ぶつはつないおんきょう)」「長阿含経」等がある、十大弟子の一人阿難陀を中心に説いたとされる遺言がある、「自燈明」「法燈明」すなわち「己自身を拠り所とする事、永遠の真理を拠り所として他の事に頼るな」。
後期になると久遠不変すなわち法身の釈迦が強調される、涅槃経性格を咀嚼すれば釈尊の入滅状況を語る経典の総称である、従って総ての「釈迦涅槃図」は大般涅槃経を拠所に日本独自の解釈を加えて描かれている。
天台宗日蓮宗では法華経より劣る「捃拾(くんじゅう)(きょう)の扱いを受けているが、佛教全宗派に与えた影響は多きい、涅槃経曇無讖(どんむせん)385年~433年)の北本40巻、慧厳363年~443年)の南本36巻が知られている、因みに捃拾とは拾い集めると言う意味合いである。
阿弥陀信仰、すなわち悪人正機の先駆け的な一面を持ち、中国佛教界の歴史からは法華経に匹敵する影響力を有していた様である。
涅槃経には初期の涅槃経と大乗の涅槃経があるが、趣旨に相違があり別の経典と解釈する必要性を説く説がある。  

大般涅槃経には釈迦の晩年、入滅、入滅後の様子が記述されている、釈尊の教えとして「七不衰退法」があり、七ヶ条を守っている社会は、 衰退せずに安定的に繁栄すると言う、①頻繁に集会を行う。②議事は和合して行う事。③定めを破らない。④経験豊かな先輩を尊敬し、意見に耳を傾ける。⑤女性を強引に口説かない。⑥伝統的な儀礼祭典信仰を行う事。⑦覚者の面倒をよく見る事。等が記述されている。 涅槃経には「一切の衆生は悉く仏性を有す」の記述が観られる。

阿難陀達に対しての言葉に、自灯明(じとうみょう)(ほう)灯明(とうみょう)がある、「私や他者に頼ってはならない。自己と法即ちダルマdhármaを拠りどころとせよ」がある、要するに“自身と永遠の真理を拠り所とし、他を頼りとしてはならない“と言えよう。
パリpariとは完全、 涅槃とはニルヴァーナnirvāaと言いニルは「外へ」、ヴァーナは「吹き消す」を意味する、随って大般涅槃とは釈尊の入滅を言う、釈尊の生前中は煩悩だけが消えており涅槃である、生命が消えた時すなわち生命と煩悩の消滅で大涅槃となる、因みに玄侑宗久氏は涅槃には二つの意味がある、即ち”煩悩の火を吹き消す安らかな状態”と”般涅槃(はつねはん)すなわち釈尊の入滅”を言う。
大般涅槃経 聖行品(しょうぎょうぼん)本生譚Jātaka 、法隆寺 玉虫厨子の施身聞偈図の関連が著名である、内容は省略するが雪山(せっせん)童子と羅刹に化けた帝釈天の物語である、諸行無常(しょぎょうむじょう) 是生滅法(ぜしょうめつほう)」「生滅滅己(しょうめつめつい) 寂滅為楽(じゃくめついらく)」の対話である。

諸行無常が出たので蛇足する、平家物語の冒頭にある「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者(じょうしゃ)必衰(ひっすい)の断りを表す」が著名であるが、典拠は大般涅槃経からの釈迦涅槃図の情景を述べたものである。
三獣渡河(さんじゅうとが)、これは・兎・馬・象の三獣が河を泳ぐ姿を声聞・縁覚・菩薩に当て嵌めたものでインドでは神聖な象の泳ぎを称賛している。


()(じん)(みつ)(きょう)  梵語名をsamdhi-nirmocana-setra(さんでいにるもーちゃな すーとら)と言う、 法相宗の根本経典で唯識を説いた嚆矢と言える経典ある、大乗仏教経典の一典梵語経典は失われている、漢訳に「解深密経(玄奘訳)」と「深密解脱経(菩提流支訳)」があり玄奘訳が本流を占めており通常「深密経」と呼ばれている,中期大乗経典の範疇に在りAD300年頃に成立したとされる、 因みに唯識に於いて重要視されている解深密経は実在した弥勒菩薩が著したと言う説がある。

問答形式を用い甚深(じんじん)な教えの解析とされる経典で・序品、・勝義諦相品、・心意識相品、・一切法相品、・無自性品、・分別瑜伽品、・地波羅蜜多品、・如来成所作事品の八品で構成されている。

空にも唯識は存在すると言う、唯識論の基本ソフト的経典で「(しょう)大乗論」「成唯識論」や無著による「瑜伽師地論」等に影響を与えている、即ち「阿頼耶識」「五姓格別」「三無性説」等を説いている。  
日本に於いて徳一と最澄の三一権実論争は、法相が依経とする解深密経と天台が依経とする法華経との優劣論議であり、何れが仮説「権」か真実「実」か結論が出ない。


大雲輪請雨経(だいうんりんしよううきょう)
と言う請雨経典がある、これは空海が請来した経典で雨乞い祈願の最盛期を迎えた、空海の神泉苑での祈祷が著名であるが大雲輪請雨経を典拠としていた様である。

スッタニパータSuttanipāta)と言う最古と言われる上座部すなわち南伝佛教圏で親しまれている経典である、漢訳経典は発見されていないが、釈尊の教えた仏教に恨は存在しない、釈尊は鍛冶工チュンダの用意したスーカラ・マッダバと言う料理で中毒を起こしこれが素で死期を速めた、これがセム的一神教であればチュンダは殺害され永遠に近い恨みを残したであろう、しかし仏教に恨みは無いチュンダが恨まれたり殺害された記録は見つからない、まさにスッタニパータの世界である.

悲華経
悲華(ひけ)(きょう)とは曇無讖に依る430年頃の訳、釈尊の穢土成仏を賛美する経典である、大無量寿経と共通点の多い経典でもある、但し発願は無量寿経の法蔵菩薩でなく、無諍(むじょう)(ねん)(おう)(てん)(りん)(じょう)(おう)の発願である。  
釈尊が自土で成仏した事で浄土に行かないで五濁悪世の娑婆に於いて衆生を救済すると言う経典とされる。
西大寺
を再興した叡尊は悲華経を信仰し自身は浄土に入らないで五濁の娑婆に留まる誓いをたてた、西大寺の釈迦如来は悲華経と水晶の舎利容器を内包していた,、叡尊は浄土入りを回避して衆生救済に努めた。


楞伽経    2014年9月2日独立更新

賢劫の千仏名経 賢劫(けんごう)の千佛を十八尊程を挙げた、*拘留孫(くるそん)仏 *迦葉仏 *弥勒仏 *明焔(みょうえん)仏 *(みょう)()仏 *(ぜん)宿(じゅく)仏 *大臂(だいび)仏 *宿(しゅく)(おう)仏 *名相(みょうそう)仏 *(えん)(けん)仏 *日蔵(にちぞう)仏 *拘那含牟(くなごんむ)()仏 *釈迦牟尼仏 *師子仏 *牟尼仏 *華子(けし)仏 *導師仏 *大力仏までを挙げた。

茶 経 経典とは言えないかも知れないが、茶経(ちゃけい)と言い、
八世紀頃に唐の陸羽によって著された作品で茶に対する内容が十章に網羅されている。
茶経は次に挙げる10章で構成されている、上巻――一 一之源(茶樹)、二之具(製茶器具)、三之造(製茶の注意)、四之器(飲茶器具)、五之煮(茶をたてる)、六之飲(飲み方)、七之事(史料)、八之出(産地)、九之略(器具)、十之図(掛軸)、である。


父母恩重経(ぶもおんじゅうぎょう) 正式には「佛父母恩重難報經」と言い、中国製の所謂偽経で安世高訳等があるが、鳩摩羅什の訳が一般に使われている、忠よりも孝を重視する儒教的な教義で要点として親の恩を十種に集約している、懐胎守護の恩、 臨生受苦の恩 生子忘憂の恩、 乳哺養育の恩、 廻乾就湿の恩、 洗潅不浄の恩、 嚥苦吐甘の恩、 為造悪業の恩、 遠行憶念の恩、 究竟憐愍の恩、である。

金剛寿命陀羅尼経  金剛智三蔵の訳出であり、死に対する怖れを除く経典、若死にや不慮の死に対する不安の除去。

仏説仏地経(ぶつじきょう)  梵語名をĀrya buddhabhūmi nāma māhayānasūtra、と記述される、玄奘の漢訳で他に蔵訳(チベット語訳)と清浄法界に於ける偈頌などに梵語がある、法相宗すなわち唯識密教に於いても「真理のさとり」「悟りの境地」「清浄法界」等々の解説に引用されている。

入菩薩行論  経典とは言えないがチベット仏教の聖書とも言える論疏で著者はナーランダ僧院大学のシャンテイデーヴァ(śāntideva・七世紀後半)即ち寂天(中国名)である、非常に難解な著作であるが、チベット仏教の真髄と言える教義に六波羅蜜から利他などを説いた菩薩行必須思考が記述されている。
・菩提心・忍辱
波羅密・精進波羅密・禅定波羅密・智慧波羅密などが説かれている、中国や日本の宗派では重要視されていない様である.。

大智度論  大智度論とは中国大乗佛教に於ける各宗派、日本の八宗の依拠と成っている書籍である、マハー・プラジュニャーパーラミター・シャーストMahā-prajñāpāramitā-śāstraと言い、大智度論を大辞林で引くと「大品(だいほん)般若経」の注釈書100巻。竜樹に著作と伝えられ鳩摩羅什訳、仏教の百科全書的な書。智度論、大論の記述がある、また月と指、即ち月を教える指の価値に関する比喩は著名である(尊者、また坐上に自在身を現ずること、満月輪の如し)とある。
巻五に記述されているカルパ(kalpa)即ち劫とは大変な単位である、約十四㌔㎡に岩に百年に一度天女が舞い降りて衣で岩を撫でる、その摩擦で岩が消滅する時で一劫と言う、忙しい人が計算した様で一劫=約四十億年と言われる、単位に *億劫 *那由他劫(1060~1072 *阿僧祇劫(107×2103等∞の単位がある、巷間言われる”おっくう”は億劫(おっくう)から採られている。
法楽寺様HP には大智度論とは「摩訶般若波羅蜜経」のサン梵語原典名
Mahāprajñāpāramitā Sūtra[マハープラジュニャーパーラミター スートラ]語、摩訶(mahā)を「」、般若(prajñā)を「」、波羅蜜(pāramitā)を「度」としたもので、注釈書であるから「」としたとある。)      

雑蔵法(ぞうほうぞう)(きょう)卷第六の「無財の七施」に七種施の因縁(佛説有七種施 不損財物 獲大果報)が説かれ著名である。

1眼施(がんせ)‐‐‐‐‐やさしい慈しみの眼差しをもって他人と接する常以好眼 視父母師長沙門婆羅門不以惡眼 名爲眼施 捨身受身 得清淨眼 未來成佛 得天眼佛眼 是名第一果報)

2和眼悦色施(わがんえつじきせ)‐‐‐‐‐柔和な微笑み、喜びの顔、希望に満ちた顔をもって他人と接する於父母師長沙門婆羅門 不顰蹙惡色 捨身受身 得端正色 未來成佛 得眞金色 是名第二果報)

3言辞施(ごんじせ)‐‐‐‐‐思いやりのこもった丁寧な言葉で他人と接する於父母師長沙門婆羅門出柔軟語 非?惡言 捨身受身 得言語辯了 所可言説 爲人信受 未來成佛 得四辯才 是名第三果報)

4身施(しんせ)‐‐‐‐‐身をもって思いやりを示す、骨身を惜しまず、真心をこめて奉仕於父母師長沙門婆羅門 起迎禮拜 是名身施 捨身受身 得端政身 長大之身 人所敬身 未來成佛 身如尼拘陀樹 無見頂者 是名第四果報)

5床座施(しょうざせ)‐‐‐‐‐他人に座る席を気持ちよく譲る雖以上事供養 心不和善 不名爲施 善心和善 深生供養 是名心施 捨身受身 得明了心 不癡狂心 未來成佛 得一切種智心 是名心施第五果報)

6房舎施(ぼうしゃせ)‐‐‐‐‐宿舎や休息の場所を気持ちよく自宅等を提供する。若見父母師長沙門婆羅門 爲敷床座令坐 乃至自以已所自坐 請使令坐 捨身受身 常得尊貴七寶床座 未來成佛 得師子法座 是名第六果報)。

7房舎施(ぼうしゃせ)‐‐‐‐‐家の中に迎えて過ごしてもらう、温かく自分の家に迎えたり、雨宿りの場所を提供する(前父母師長沙門婆羅門 使屋舍之中得行來坐臥 即名房舍施 捨身受身 得自然宮殿舍宅 未來成佛 得諸禪屋宅 是名第七果報)。

シンガーラ経Sigāla-sutta, シンガーラ・スッタ)と言う経典がある、人間関係に即して人道を守り実践を説く経典、i仏典経蔵長部、「教授尸(きょうじゅし)伽羅(から)(えつ)(きょう)Sigalovada-sutta, シガローヴァダ・スッタ)、また「善生(ぜんしょう)(きょう)」とも言う、類似の漢訳経典に尸迦(しか)()(えつ)六方(ろっぽう)(らい)(きょう)がある。


大荘厳法門経 女性の説いた経典と言えば勝鬘経であるが、勝金色光明徳
(しょうこんじきこうみょうとく)と言う娼婦が森の中へ恋人を誘い仏法を説くと言う経典で中国や日本では読まれていない(維摩経 勝鬢経 中村始著 東京書籍)


稲荷心経  稲荷神社では経典も詠まれる、伏見稲荷等では祝詞と共に「稲荷心経」が唱えられる、稲荷心経は神仏習合が普通であった日本に於いて編纂された経典である。

ナーティア・シャストラ 経典と言えるか不詳だが、バラモンが祭祀に使用した舞踏書Natya-Shastra がある、印相を体系化した文献で仏教も踏襲している、Natya(演劇)Shastra(科学)に相当する。



経典よは釈尊の現世での教えと記述したが例外もある、理趣経が例外と言える、理趣経
Prajñāpāramitā-naya-śatapañcaśatikā プラジュニャーパーラミター・ナヤ・シャタパンチャシャティカー・不空訳は天界の「他化自在天」に於いて八十億の菩薩を相手に説いた経典である。  

経典の登場には結集(けっじゅう)(注9が最低4回行われ釈尊入滅の後、十大弟子の中でも大迦葉(だいかしょう)優婆離(うばり)阿難陀(あなんだ)が中心となり500人の僧侶が集まった、第2回は約100年後にバイジャーリーに於いて700人、第3回はその100年後アショカ王時代に1000人が結集し第4回は2世紀頃カシミールに於いて約500人でおこなわれた、結集とは梵語名 sagīti (サンギーテと言い弟子たちが釈尊の教えの暗記した事項の記憶の確認業務が行われた。

経典原語に付いてpāli語とsaskta(梵語)語が使われているが、釈尊に時代に使用されたのがインドに於ける俗語であるpāli語とされている、4世紀前半にバラモンの用語である梵語が使用される様になった、Pāli語とは源語では「保護」あるいは「防護」を意味するが、「聖典語」と言う意味を持ち上座部で帰敬偈(ききょうげ)や三帰依文に称えられるParittā(パリッター)と語源を同じくする様である、sasktaは「完成された」を意味し梵天が創り上げた言語との伝承から梵語と漢訳された、経典はインドでは暗誦を前提として編纂されている、また印欧語族に入る梵語sasktaやpāli語と文法的に異質な「文意文字」の漢語に翻訳された、格変化の梵語と文意文字では水と油と言われている、中国では韻律等を重要視した独自の文章表現が為される為創作とも言える様な翻訳がうまれた、即ち初期の中国では佛教経典が道教に使用する文字で翻訳されていた。 

その後原始仏教は部派に分裂するが各部派とも内容的には三蔵(経蔵・律蔵・論蔵)に集約される、経蔵Suttapiakaは法(梵語ダルマdhárma pālidhamma、ダンマ)とも言い釈迦の教説を集大成したものとされる、律蔵Vinayapiaka)(伝承の教え、āgama四阿含・ 部、nikāya五ニカーヤ)は教団の規則の集成で修行者が守らなければならない戒律であり,論蔵は教説の解釈及び研究書。
これらは口伝によって語り継がれた為に教派や言語の相違により異なる経典が出来た、ちなみに経典と言えるものに経・律・論・疏がある、これ等を総称して一切経または大蔵経と言う。 
1、は釈迦如来の説く教義を言う、 
2、は教団運営の為に釈迦が定めた規則とされる、 
3、は弟子たちの解釈書であり、 
4、(しょ)13の解説書と言う。


閑話休題、密教と言う熟語を定着させたのは付法六祖不空であるが、密教と顕教の相違を理論化したのが9世紀の初め青龍寺の海雲が「両部大法相承師付記」で瑜伽の五部すなわち・仏・蓮・金・宝・羯の曼荼羅を密教とし、顕教を三乗すなわち・経・律・論としている、経典はハンチャニカーヤPañca- nikāyaと言い五っの部に分類される事がある、内訳は長部、中部、相応部、増支部、小部である、密教と顕教であるが一方からは外道と決め付けても不思議ではない対立軸にある、後発の密教が優位性の主張の為に、誹謗の意味合いで顕教を呼称したものであり、既存仏教では顕教とは呼称しない。
初期の仏教経典で現存する経典は婆羅門の公用語とされる梵語
(サンスクリット・sanskrit (注13や地方方言とされるパーリ語(pāli)(10)聖典等であるが、釈迦はパーリ語かマガタ語系で説法したと考えられ部派に分裂した後に梵語・バーリ語・ガンダーラ語に翻訳されている、部派共通の経典は存在しない、因みに中村元・前田専學両氏による岩波書店の「仏典を読む」に依れば大乗仏教を初・中・後期に分類しており、初期としてAD150年頃の中観派の祖・龍樹を嚆矢として以下の経典が成立している、また中期は3.5-5世紀に於ける唯識派(瑜伽行)、無着・世親の時代とし、後期は7世紀密教中心の時代に分類されている、初期に於ける主な大乗経典に阿弥陀経大無量壽経般若心経華厳経法華経等で中期には金光明経が挙げられている、佛教には八万四千の経典が存在すると言われるが竜樹は経典数を増やす先鞭を果したとの説がある。 
現在経典と呼ばれる典籍はインドで生まれ中国で翻訳または創作されたものと、所属宗派の祖師の著述の抜粋が詠まれている書に分類される、初期の仏教聖典で「ブッダ直接の教え」即ち釈尊の言行録の経典を、梵語でāgama 
(アマーガ)と言いう、阿含と音訳されており意訳すると「伝承」を意味する、因みに阿含経は長・中・雑・増一と形式や内容により分類されている、是に反して大乗経典は宗教的パッツションpassionはともかく文学書又は小説的性格を有する。  

もう一つ最古と言われるpāli語経典にスッタニパータSuttanipātaがあり経集と訳される、南伝すなわち上座部の経典で法句経と共に最も初期の経典とされBC3世紀にもさかのぼる、但しスッタニパーダには漢訳経典は存在しない様で詩集や弟子との対話が中心の様である、因みにスッタは縦糸でニパータは集合を意味する、また釈尊は通常pāli語を使用していたとされる、閑話休題イギリスのwillam jones 17461794年)に依れば梵語と英語の語源は同じであると言う。

著名な詩に「実にこの世に於いては、恨みに報いるために恨みを用いたならば、いつまでも恨みが止むことはない。恨みを捨ててこそ鎮まる。これは永遠の真理である」(池上彰と考える・飛鳥新社)。 
インドに於いて発生した経典は中国に渡り翻訳された、中国に於いては古来からの哲学思想すなわち老荘思想が普遍性を持つ為に老荘関連の語彙で翻訳された、一例を挙げれば
覚りをbodhiと言うが菩提と音訳されたが、意訳は「無」「道」等は老荘哲学用語と言える、因みに老荘とは道教の碩学である老子と荘子の合成語で、ここから「格義の仏教」といわれる。
佛教の東漸により中国では新しい漢字が作られたと中村元氏は言う、一例として佛は玄奘以降の様である、弗は○○であり○○の非ずを意味する、否定の意味を持つ、即ち人であり人に非ずが佛であると言う、また梵、魔も佛教の為に新しく作られた文字である、因みに仏陀の陀も梵語の意味合いから釈迦の為に加えられた文字である、閑話休題、漢訳は使用する文字により印象の相違が著しい、一例を挙げれば、卑弥呼ーーー日巫女、邪馬台国ーーー大和の国、インド身毒、チベットーーー吐蕃、等々侮蔑的な文字が並ぶ。
翻訳は概ね三段階に分類され古訳(鳩摩羅什以前、竺法護の時代)・旧訳鳩摩羅什~玄奘まで)・新訳(玄奘以後)とされている、この分類方法は旧訳が原典から相違があり忠実さに欠けて乖離していると批判した玄奘の主張であり自身の翻訳をアピールするものである。 竺法護232頃~309年頃   鳩摩羅什344413(注4)   玄奘602664年  弘通(ぐずう)に重要な役割を果した三大訳経家と言われる者は・鳩摩羅什・玄奘・不空で、さらに真諦(しんだい)499569年・唯識系)加えて四大訳経家とも言われている、しかし日本に於いて依経とされて詠まれる経典の翻訳は羅什の訳が圧倒的に多い、因みにチベット語に翻訳された経典を漢字では「蔵訳」との記述がある、但し上記三人の内で漢人(中国人)は玄奘だけである 
中国の経典に於ける四大翻訳家と言われる三蔵に ・鳩摩羅什
(注4)(344413年・35294巻) ・摂大乗論、倶舍論等の真諦(   しんたい)49956964278巻)パラマールタ(Paramārtha) 、波羅末陀(拘那羅陀) ・玄奘 602664年頃 ・751335巻) ・不空705-774 210143巻)が言われている、その他中国初期の翻訳家として竺法護(じくほうご)が挙げられる、彼は部派と大乗が明確に理解されていない中国に於いて三世紀には「正法華経」「維摩詰経」等150部以上の大乗経典を訳出している、但し鳩摩羅什以前の翻訳は中国の慣例や通念すなわち老壮思想に適合しない事例は恣意的に削除されていたと考えられる、漢訳経典の分類に付いては仏書解説大辞典(宇井伯壽監修)には古訳、旧訳、新訳に分類が為され、古訳に竺法護、旧訳に鳩摩羅什、新訳に玄奘達が挙げられている。

中国では多くの学僧が翻訳に携わっていた様である、730年唐に於ける律宗の僧、智昇編纂の「開元釈経目録(開元録)」に拠れば密教関連だけでも、支謙(しけん)西(しん)(じく)(ほう)()東普(はくしり)()()(みつ)多羅(たら)(どん)無蘭(むらん)仏陀跋陀(ぶつだばつだ)()難提(なんだい)、に(よう)(しん)の鳩摩羅什、さらに(ほう)(しゅう)、西秦の(しょう)(けん)(りゅう)(そう)求那(ぐな)跋陀(ばだ)()功徳(くどく)(ちょく)(げん)(ちょう)畺良耶舎(きょうりょうやしゃ)曇曜(どんよう)、に(りょう)僧伽(さんぎゃ)()()元魏(げんぎ)菩提流支(ぼだいるし)、仏陀(せん)()北斉(ほくせい)万天懿(まんてんい)北周闍那耶舎(じゃなやしゃ)耶舎崛(やしゃくつ)()那連提耶舎(なれんだいやしゃ)、闍那崛多、の玄奘、智通、伽梵(とぎぼん)達磨(だるま)阿地瞿(あじく)()杜行凱(とこうがい)、仏陀波利、実又(じつしゃ)難陀、弥陀山、義浄、菩提流支等々膨大な人数となる。(初期密教・春秋社・苫米地誠より)


佛教は輪廻転生からの開放を目指す宗教である、経典は要約すれば戒律、禅定、智慧の三学に包括される、経典は概ね大乗と小乗(上座部)に別れており、上座部は比較的短編で具体例が占めされている、大乗経典は長編で哲学思想をふんだんに盛り込んだ典である、日本に伝わったのは漢訳の大乗経典が大勢を占める、各教団では経典の核心を根本経典というが国及び宗派により異なる場合が多い。
大乗経典は三期に分類されている、第一期
60年~250年)・般若諸経典 ・維摩経 ・華厳経 ・法華経 ・浄土系があり、第二期250年~480年)・如来蔵経 ・大般(だいはん)涅槃経 ・勝鬘経 ・解深密経、第三期600年代)・両部の大経が成立する。
、閑話休題翻訳であるが大変なのが集合的
(アッセンブリー、
Assembly業務の様であった、経典言語の誦出者、誦出された内容を漢語にする訳語者、書き留める筆受者、正誤を調べる証義、訳文を俯瞰する潤文者の多義にわたる。  

天台智顗(ちぎ)により「一切経」と呼ばれる数千部をしのぐ経典の格付け即ち、教相判釈(注8が行われ五段階に分類したが法華経を最上位にランクした、これを最澄が学び経典の集蔵である一切経・大蔵(だいぞう)経は全て釈尊が説いたものであると言う前提に於いて天台宗を興した、因みに”大蔵経・一切経”とは翻訳された経典を統括して勅版印刷すなわち開版事業を興したことを言う。
インドに於いて紀元前一世紀頃仏塔を中心に仏陀を信仰する弟子達が集まり参拝する、集団が大きくなるに従い修行者中心から在家信者を中心とする仏教に変質し始めた。
在家信者を救済する為には民衆を覚りに運ぶ手段として大乗を自称し旧来の上座部
(部派)を小乗と貶称(へんしょう)して侮蔑した。
経典の漢訳は特異な面がある、原典を自国語に忠実に訳したものは少なく、中国の価値観に迎合するように恣意的に翻訳された経典が多い、例えば天息災訳の「文殊師利菩薩根本儀軌経」にある国家守護や父母忠孝などは原典にない、不空訳の「仁王護国般若派羅蜜多経」国王、国家守護が加えられている、また康僧鎧の「無量寿経」、玄奘の「般若心経」も創作に近い部分がある。
この流れは急速に発展し、新しく考案された哲学や方便を駆使した多くの大乗経典が生み出された。
しかし上座部仏教以外は釈迦の教えとは言えない面があり、江戸中期の思想史家、富永仲基は釈迦の教えと大乗経典とは何等関係ないと「出定後語(しゅつじょうごご)」に於いて論破した、また明治後半東京帝国大学の村上専精教授も大乗非仏説でこれを肯定しておりこれは現在も覆されていない、他の大乗非仏説には服部天游(てんゆう)の「赤裸々」、平田(あつ)(たね)の「出定笑語」などに大乗非仏説等がある。
大乗とは釈尊の中核を占める教義から大きく逸脱しない範疇で解釈を拡大した教義といえる、しかし大乗側はインド人が発明した方便を使って釈迦がまだ弟子たちに説いていない真意・真理・を顕わした教えと説明している。

大乗経典を仏典と認める為には「真理を説いている理論は全て仏説である」 「真理とは言語表現を超越したものである」の二点を容認しなければ大乗経典は仏教の経典ではなくなると言われている。 
初期の仏典は仏陀の言行録が比較的反映されている、それが時代と共に中核から大きく逸脱しない範囲で教説は拡大され続けられた、高い格調の文学性に粉飾された法身論、六波羅蜜等々菩薩行の誓願的になる。

上座部Theravāda)では釈尊は最後に覚りを開いた聖者(真理の発見者)であるが生身の人間である、大乗佛教Mahāyāna の言う様な神格や久遠実成の尊格はない、要するに仏像に於いては阿弥陀如来や観音菩薩、諸々の明王等々、及び経典では法華経、般若経典、浄土三部経等々、即ち大乗仏教関連は認知されていない。 


本来は仏教とは釈尊の教え(説法)である、それ以外であってはならない、但し大乗・上座部、部派(小乗)を問わず経典中で釈迦の言葉と証明できる経典は存在しない、特に中国で行われた漢訳経典は梵語の原典を従順に直訳する事は許されず、自国文化、すなわち儒教、道教の思想、老荘思想をベースに理解する必要があった、例えば国民感情や皇帝の意思を考慮して大無量寿経は弥陀の誓願を四八願に増やしている、その他・玄奘の「般若心経」・不空の「仁王護国般若波羅蜜多経」善無畏の「大日経」等々、創作を加え恣意的に改訳された著名な経典がある。
釈迦の教えとされる教義は中国の訳者が訳した教義は難解である、しかし梵語やパーリ語は理解が比較的単純であると言われる、一例として源経は存在しないが釈迦が説いたとされるパーリ語
pāliの「アーナ-パーナ・サティ・スートラ」Ānāpāna satiの漢訳「大安般守意(だいあんばんしゅい)経」に付いて玄侑宗久(福聚寺住職・妙心寺派現代宗学委員)氏に依れば「安息経」すなわち「息をする為とは、どういうことか」とも和訳出来ると言う。  
中国に於いては「真経」
(注11すなわち釈尊直伝とされる経典と、「疑経」すなわち中国製との疑いを持つ経典や「偽経」いわゆる偽物と断定される経典があるが、偽経とされる経典の内、護国三部経の一経に数えられている「仁王般若経」を初めとして「延命十句観音経」「盂蘭盆経」「父母恩重経」等は現在も詠まれている、因みに「般若心経」も欧米の研究者の間で偽経説が強い、要するに儒教等に迎合する目的もあるが、偽経と言え秀作を生み出す高い文化を中国は所持していた、法華経を例にとれば中村元氏は「法華経・東京書籍」の中で鳩摩羅什(注4訳を翻訳と言うより創作と言えるほどの名文と言われている、日本に於いては白隠(はくいん)慧鶴(えかく)は「十句観音経」を偽経と承知しながら自ら「延命」の二文字を付け加えて採用するなどの改革を為し臨済宗中興の祖と慕われた、白隠は著わされた経典がインドか中国か、すなわち真経・偽経に拘る必要はない、方便或は真理を説いている理論は全て仏説であるに該当するかもしれない。  
翻訳すなわち漢訳に付いて述べれば、正木晃氏に依れば原典を忠実に翻訳するのではなく恣意的に変更されていると言う、玄奘の般若心経・康僧鎧の無量寿経、鳩摩羅什の法華経、等々漢訳のおかげで広まった著名経典に多くある、極端な例は経典の改変おも行った不空である、不空は「仁王護国般若波羅蜜多経」「文殊師利菩薩根本儀軌経」「葉衣(ようえ)観自在菩薩経」などで原典にない護国、国王守護を創作している。
偽経に付いて稲葉幹雄氏は中国に於いて大乗仏教の成立は鳩摩羅什の大乗起信論が不可欠である、偽経は「中国撰述の経典」と呼称変更すべきと言う。
偽経については六世紀初頭の「(しゅつ)三蔵記集」には639の経典があり、偽経は二十六典が挙げられているが、世紀末の「衆経目録」には2257典の内196典を偽経との記述がある(弥勒信仰のアジア・菊池章太・大修館書店) 
如是我聞を冠に使用し釈尊の名を騙り佛法と異質な内容や背馳な翻訳で発表された偽経も相当数存在するかもしれない。

現在我が国に於いて仏教経典は般若心経・法華経・浄土三部経の五経の影響は大きく日本人の行動様式や歌舞伎や落語等の芸能、さらに文学に大きな指針を与えており、その真髄を小説のテーマにした作品は多くわれわれに与える影響は計り知れない、仏教をテーマにした作品を著す作家をランダムに挙げても・幸田露伴(楞伽経)・幸 ・夏目漱石(禅) ・谷崎潤一郎(浄土教等) ・川端康成(唯識等) ・宮沢賢治(法華経) ・岡本かの子(浄土真宗等) ・三島由紀夫(唯識等) ・瀬戸内寂聴(天台) ・水上勉(臨済宗等) ・永井路子(天台等) ・五木寛之(親鸞等) ・山田智彦(日蓮等)等々時代を超えて群雄割拠である。 
しかし明治政府からは国家神道に偏り、現在の教育制度に於いては公教育から宗教は排除されている、即ち文部省は教育体系に宗教の基本的常識を無視している、僅かに教科書に採用されても経典の内容や小説の真髄を説明される事は無い、したがって仏教の知識を持たずに、文学作品を理解することは困難な場合が多い。更に日本人は実学すなわち工学、法学、会計学等は多くが理解しているが、根幹にある哲学などは宗教を軽視したり欧米のコピー学が多い。
仏教は外来の宗教であるが日本に於いては哲学・文化・日常生活に於いて根幹を為す思想である、日本語には経典から由来する熟語が多く仏教用語を削除しては日本語とした成立しないとされる、また古典文学は無論のこと小説に於いても仏教の知識が無くては理解不可能な作品が多い、特に日本の教科書は宗教の教義や哲学・歴史に関する精神性を伝えようとするビジョンに欠けている。

古来より日本に於ける文化、思想哲学は仏教を根幹に形成されていた、日本人は無意識の内に仏教徒になっている、日本人の文化的遺伝子に仏教の占める位置は空気か水の様な存在と言える、注目すべきは日常使用されており経典にも使われる仏教用語と熟語の意味が全く異なる場合が多くある、我々が日常無意識に使う用語をランダムに挙げてみると、・娑婆sahā・大地)・奈落naraka・地獄)・・刹那ka・瞬間)・我慢・世界・過去・未来・現在・恍惚・縁起・安心・愛嬌・挨拶・融通・悪口・無惨(無慚)・無念・馬鹿・不思議・道具・道場・相続・大衆・真空・乞食・以心伝心・一大事・有頂天・会釈・改心・観察・観念・看病・行儀・機嫌・玄関・降伏・正直・実際・平等・工夫、などなど仏教に無関係と思える仏教用語が膨大な数にのぼる。 

注意すべきは日常使用されており経典にも使われる仏教用語と熟語の意味が全く異なる場合が多くある、 ・我慢(我に執着し慢心状態) ・無学asśika・学び尽し最早学ぶ事は無い状態) ・分別(妄想に囚われる状態) ・無分別(真理を知る) 非行(ひぎょう)(仏道を知る境地) ・無所得(仏教の教え) ・差別syabetu,総てが千差万別)・平等(差別も真理からすれば平等)・出世(如来が菩薩や明王などに変化して衆生救済に向かう姿)等々意味が逆と解釈できる、因みに有学śaikaはまだ学ぶことが多いを意味する、更に特異な例として「我他彼比」(ガタピシ)、我と彼との対立を言い、建具等の建て付けの悪さに使われる、また「有漏有漏」(ウロウロ)も仏教用語と言える。
また経の発音は殆どが呉音で読まれる、但し留学僧が請来した経典で理趣経の様に漢音で読まれる経典もある、閑話休題従って日常用語でも呉音が使われる事がある、例を挙げれば舎利、曼荼羅等の他に後生、金輪際、有頂天、極道、根性、世界、人間、弟子、誕生などがある、他に禅僧が持ち込んだ唐宋音と呼ばれる混淆語がある、行燈、行脚、椅子、喫茶、庫裏、炬燵、布団、饅頭等々がある。
因みに呉音発音の代表例を挙げれば、開眼(かいげん)救世(ぐぜ)西方(さいほう)山水(せんすい)食堂(じきどう)()(ゆい)荘厳(しょうごん)聖人(しょうにん)白衣(びゃくえ)上品(じょうぼん)なと多義にわたる。
次に経典の種類を表に挙げるが下表以外の経典として楞伽(りょうが)経・大集経(だいじゅきょう)解深密経(げじんみつきょう)等々がある、楞伽経は唯識の立場から如来蔵と阿頼耶識(あらやしき)を融合させ禅も説いている大乗経典である、解深密経は法相宗の重要経典で修行などが説かれ唯識の諸経典に影響を与えている、大集経は空を解き密教的であり如来・菩薩・明王・天などが多く登場する。
経典の叙述様式は大智度論に於いて確立された様でこれを「六事成就」と言う、1、如是――成就 2、我聞――聞成就 3、一時――時成就 4、佛――主成就 5、在某処――処成就 6、与某衆倶――衆成就となる。 (仏典の読み方・金岡秀友・大法輪閣)
因みに経典と呼ばれる典籍は佛教だけではない、儒教の聖典すなわち四書五経の内、五経(・詩経・書経・易経・春秋・礼記)があり、中国に於いて混淆した部分は否定できない、また四書(経書)は「大学」「中庸」「論語」「孟子」を言う、儒家は十三種
(十三経)の経書を重要視する、即ち・易・書・詩・周礼・儀礼・論語・孝経・爾雅・孟子等を言い、歴代皇帝が「孝経」を講説する伝統を有していた。

膨大な数の経典の内で共通の趣旨を有する経典を集合して三部経と命名された経典に「護国三部経」(法華経、金光明経、仁王経)、「浄土三部経」(阿弥陀経、観無量寿経、大無量寿経)、「法華三部経」等がある、護国三部経、と浄土三部経、には順序は無いが、法華三部経は開経に「無量義経曇摩伽陀耶舎(どんまかだやしゃ)」を置き、本経に「法華経」、結経に「観普賢菩薩行法」が置かれている。
女人が説いた特異な経典に勝鬘経が著名であるが、同じく女人の説いたとされ中国や日本では省みられない「大荘厳法門経」
Manjushrivikriditasutra)がある、勝金色光明徳と言う婬女が森の中で男に法を説く経典がでる、大般涅槃経に於ける釈尊が最後の旅の物語?には、ヴェーサリーと言う所にある遊女アンバパーリーが所有するマンゴー林に於いて食事をふるまわれる故事がある様に、インドに於いては娼婦の社会的地位は中国や日本ほど卑しい職業ではなかった可能性がある。
日本で行われた最大の仏典の集大成として大正新脩大蔵経」がある、(仏典の読み方・金岡秀友・大法輪閣)

経典の主な文字は上座部がpāli(パーリ)で大衆部がsaskta(梵語)が使われる、要するにpāli 語は梵語の派生言語と言われる様に共通点が多い、十八世紀以前には梵語とpāli 語の区別は為されていなかった可能性がある。   

   法

   行為

   涅槃境地

   仏陀

   僧集団

  saskta

ダルマ dharma

カルマン karman

  ニルバーナ nirvāa

ブツダ buddha

サンガ  sangha

 pāli

ダンマ dharmma

カンマ  kamma 

ニッバーナ nibbana   

ブツダ buddha

サンガ  sangha

 

 

 

 

  共通

  共通


各宗派で法要や勤行などで経典の読経前に読まれる偈がある、開経偈(かいきょうげ)
開経文)と言い、を言い日蓮宗以外は以下の如くである。 

 無上甚(むじょうじん)(じん)微妙法(みみょうほう)  百千万劫難遭遇(ひゃくまんべんごうなんそうぐう)  我今見聞得受持(がこんけんもんとくじゅじ)  (がん)()如来(にょらい)真実(しんじつ)() (無上甚深微妙の法は 百千万にも遭い遇うこと難し 我今見聞し受持することを得たり 願わくは如来の真実義を解し奉らん)


 


各宗派の主な経典と本尊宗祖

    

宗    派

        経     典     名 

日本の宗祖

 本 尊 

華厳宗(南都六宗

 華厳経 他                                      

良  弁 

毘盧遮那仏

法相宗(南都六宗

 般若経 般若心経 金光明最勝王経 成唯識論 解深密経(げじんみつきょう) 他  

法相六祖

薬師如来

律 宗 (南都六宗

 大乗経典全てを律蔵に加える、四分律蔵 法華経 梵網経 他 

鑑  真 

毘盧遮那仏

天台宗 

 法華経  阿弥陀経 法華文句 摩訶止観 蘇悉地経  大日経他         

最   澄 

釈迦如来 

真言宗 

金剛頂経 大日経 蘇悉地経 瑜祇経(ゆぎきょう) 理趣経 要略念誦経(ようりゃくねんじゅきょう) 法華文句、摩訶止観                                       

空  海 

大日如来 

真言律宗

 同上                                          

叡  尊 

大日如来 

浄土宗 

 観無量寿経  阿弥陀経  無量寿経  浄土論(無量寿経優婆提舎願生偈世)親著  

法  然 

阿弥陀如来

浄土真宗 真宗

 無量寿経 阿弥陀経 観無量寿経  正信偈 他            

親  鸞 

阿弥陀如来

臨済宗 黄檗宗

 般若心経 観音経 金剛般若経 楞伽経(りょうがきょう)                 

栄  西 

釈迦如来 

曹洞宗 

 法華経 金剛般若経 正法眼蔵(修証義) 楞伽経           

道   元 

釈迦如来 

日蓮宗 

 法華経 観音経 

日   蓮 

釈迦如来

融通念仏宗 

 華厳経 法華経 浄土三部教 他                      

良   忍 

阿弥陀如来

時 宗 

 阿弥陀経  観無量寿経   無量寿経 他   

 一 遍 

阿弥陀如来

 
主な漢訳者

   時  代

   氏  名

  経     典     名

 古訳  (三世紀)

 竺法護(231308

 正法華経、維摩詰経、大宝積経、 光讃般若経 他

     (四世紀)

 釈道安(312385

 

 旧訳 (四世紀)

 鳩摩羅什(344413年)

 坐禅三昧経、阿弥陀経、般若波羅蜜経、妙法蓮華経、維摩経、龍樹菩薩伝、佛垂般涅槃略説教戒経、十誦律、座禅三昧経、大智度論・十二門論・十住毘婆沙論 等

 新訳(七世紀)

 玄奘 602664』年) 

大般若波羅蜜多経、瑜師地論、成唯識論等、75部、1235

    (六世紀)  

 真諦 (499569年)

 十七地論、中辺分別論、摂大乗論、倶舎釈論 等

・鳩摩羅什・玄奘・不空(中国密教を定着した705774・真諦加えて四大訳経家と言われている。

経典を読誦及び「観経(かんき)」即ち経を聴く重要性を説く経に理趣経がある、即ち「日々晨朝或誦或聴(ひびしんちょうこくじょうこくてい)」を説いている。

・経典と聖典に付いて、アルラーからムハンマドが受けた啓示即ちコーランが聖典であり、第二聖典とも言える書籍にハディースがある、ムハンマドの言動を文字化し纏めた重要な本であるが、神(アルラー)からの掲示でない為に聖典と言うには疑問がある、教祖すなわち釈迦如来から聞いたという経典は佛教の如是我聞‐‐‐‐に相当する、即ち佛教には聖典は存在しないと言える。

 


1,仏教の説話を基にした小説は現代も多いが、古くは今昔物語・日本霊異記・日本感霊記・地蔵菩薩霊験記等がある。 


2、法相六祖とは神叡・玄肪・善珠・行賀・玄賓・常騰(じょうとう)を言う。 


3、富永仲基(1715年~1746年)大阪商家の出身、三宅石庵に儒学を学び中国古代思想の研究から仏教史想を成立し歴史的に解明する「出定後語」は1745年の著作で仏教哲学者が方便を駆使して自説を拡大したもので大乗仏教は釈迦の説では無いとした、他の著作に「翁の文」がある。
*村上専精(せんしょう) (18511929年) 仏教史学者、近代仏教学の草分け的存在で東京帝国大学インド哲学の初代教授、「佛教統一論」を著して富永仲基の大乗秘仏説を事実上肯定し真宗大谷派の僧籍を剥奪された。


4鳩摩羅什(クマーラジーバ・くまらじゅう)344413年 

5如是我聞(にょぜがもん)(梵語・エーヴァム・マヤー・シュルタム・eva mayā śruta、かくの如く我聞けり、ほとんどの経典に於ける冒頭にあるが、鳩摩羅什以来とされている、梵語の梵語・エーヴァム・マヤー・シュルタム・evaṃ mayā śrutaṃで鳩摩羅什以前は聞如是・我聞如是の訳もあるとされる、また「我」とは十大弟子の大迦葉を頂点に行なわれた結集で朗読した多聞第一と謳われた阿難とされる、但し真言宗では理趣経などは漢音であり如是我聞も「じょしがぶん」と読まれる。
経題であるがインドに於いては最初に「如是我聞」が入り最後に記述されたが、中国に於いて表題として最初に記述されるようになった。  

6、教相判釈 天台智顗の言う、釈尊の説いた時代を五段階に分類し五時八教説を称えた 1、華厳時21日   2、阿含時12年  3、方等時16年  4、般若時14年  5、法華涅槃時8年(涅槃一昼夜)に分類し法華涅槃を最高とした。

7、結集  仏滅後に弟子たちで釈迦の教えの確認作業として結集(梵語 saſgīti サンギーテイ)・合誦(ごうじゅ)即ち、釈尊の遺言を纏める会議が行はれた、第一回は十大弟子の一人優婆離を中心として五百人の結集でラージャグリハ郊外の七葉窟で行はれた他、インドに於いて四度開かれた。さらに仏滅後200年頃はマウリア朝のアショカ王の元で千人結集。更に仏滅後五百年にクシャン朝のカニシュカ王の元で五百人結集が行はれて経・律・論の論議がなされ経典作成が行われた。

8、三蔵  経蔵・律蔵・論蔵     経 Suttapiaka 律 vinaya ビナヤ  論 abhidhamma アビダンマ   戒 śīla  シーラ 。  

9、経典には真経・疑経・偽経があり、疑経には「観無量寿経」や「弥勒上生経」・「盂蘭盆経」に護国三部経の1典「仁王般若経」などの著名経典がこの範疇に入り、「仏説父母恩重経」「地蔵菩薩発心因縁十王経」「延命十句観音経」などが偽経に入る、さらに「般若心経」にも疑経説がある、但し大乗経典に釈尊の教えと証明される経典は存在せず優劣には関係は無い、従ってインド発以外の経典を「中国撰述経典」と言う呼称も用いられている、但し盂蘭盆経の偽経説に付いてインド哲学の池田澄達(18761950年)氏等から異論もある。

10、パーリ語(pāli) 上座部仏教に於ける聖語で大蔵経があり、南伝仏教の地域ではpāli 語から根本経典は翻訳された、pāliは線を意味するが聖典語をも意味するとされる、梵語(サンスクリット)の公用語に対して俗語であるが、釈尊が常用した言語であり仏教経典としてオーソライズされている、タイ・ミャンマー・カンボジヤ・スリランカ等に仏典として伝播された、従って根本経典の多くは梵語であるが、釈尊の入滅直後の言語はパーリ語が日常用語であったとされる。

11、八万四千の法門 八万とは数の多さを表現する形容詞であると言われる、但し「佛書解説大辞典」宇井伯寿監修大東出版社があり、新しい解説もあるが八万六千部におよぶと言う。

法すなわち経蔵Suttapiakaに、規律は律蔵Vinayapiakaに分けられ、さらに経蔵は長部、中部、相応部、増支部の阿含あるいはニカーヤ nikāya ()に分けられていて,全体を総称して阿含経という。


12、タントリズム(Tantrism)と言う用語は中国を経て日本で始められた熟語であるがインドでは秘密(guhya)の用語が随所で使用されている。
顕教とは密教側からの侮蔑を含んだ解釈の用語であり、密教以外の宗派では使用されない、露顕された教え即ち浅薄の意味を持ち二項対立を煽り「顕劣密勝」を誇張し侮蔑的である、因みに顕劣密勝も密教側の用語である、これは大乗仏教側が上座部仏教を小乗仏教と揶揄した事と同根である。

13、 古代インドに於いては、梵語即ちサンスクリット (sanskrit)は完成されたと言う意味を持ち最も権威ある言語とされている、これは梵天が創造したとされる事から梵語と漢訳された、パーリ語(pāli)は古代マガタ語に他の方言が加わった地域言語で主に南伝すなわちTheravāda(テーラーバーダ)佛教で使われた。


14、 浄土三部経 法然は自著「選択本願念仏集」にお於いて正しく浄土に往生する方法として「三経・一論これなり」と言う、三経とは浄土三部経であり、一論とはインド僧天親の浄土論(無量寿経優婆提舎(うばだいしゃ)願生偈(がんしょうげ)の事である、因みに浄土三部経を挙げると①仏説無量寿経 二巻 曹魏康僧鎧訳(大経) ②仏説観無量寿経 一巻 劉宋畺良耶舎訳(観経) ③仏説阿弥陀経 一巻 姚秦鳩摩羅什訳(小経)である、但し優先順位は宗派によりずれがある。    「仏説無量寿経 曹魏康僧鎧訳    「仏説観無量寿経」 劉宋畺良耶舎訳   「仏説阿弥陀経」姚秦鳩摩羅什訳
浄土三部経の特徴として「観無量寿経」は機の真実を説き「無量寿経」は法の本願を説く、更に「阿弥陀経」は機+法を合わせ説くとされている、阿弥陀経や観無量寿経に浄土信仰の極地とも言える「阿耨多羅三藐三(あのくたらさんみゃくさん)菩提(ぼだい)」が記述されている、阿耨多羅三藐三菩提とは「無上正等覚」とも言い、総ての真理を正しく理解する最高の仏智を言う、三部経は阿弥陀如来が主役であるが説いている尊格は阿弥陀如来ではなく釈迦如来が説いている。
浄土三部経の精神は後白河法皇の編んだ「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」には「弥陀の誓いぞ頼もしき 十悪五逆の人なれど 一度御名を称ふれば 来迎引説(いんじょう)疑わず」にある。

因みに十悪五逆の内で十悪とは、身口意(からだ・言葉・心)で犯す十悪を言う。
十悪とは、1殺生、2偸盗、3邪婬、4妄語、5両舌、6悪口、7綺語(きご)、8貧欲、9瞋恚、10愚痴。
五逆とは、1殺母、2殺父、3殺阿羅漢(聖者を殺す)、4出仏身血(仏身を傷つけ出血さす)、5破和合僧(教団を破壊する)となる。


15、佛教経典には膨大な桁数の数字が使用されている、因みに「無量寿経」の法蔵修行段「不可思議 兆載永劫 積植菩薩 無量徳行」とある、膨大な数字に記述があるが数の単位を挙げると。
一 十 百 千 万 億 兆 (けい) (がい) (じょ) (じょう) (こう) (かん) (せい) (さい) (ごく) 恒河沙(ごうがしゃ) 阿僧祇(あそうぎ) 那由他(なゆた) 不可思議(ふかしぎ) 無量大数(むりょうたいすう)……、因みに無量大数は1068乗と無限である、
この内でも恒河沙、阿僧祇、那由他等々が多く使われている.


注16、
十二部経(dvādaśāgadharmapravacana)とは十二分教とか十二分聖教とも言われ、仏所説、如来所説の教法を内容・形式により分類したものであるが伝承により相違がある。

  1. (しゅう)多羅(たら)(sūtra、経) 教説を直接散文化した
  2. ()()(geya重頌(じゅうじゅ)) 散文の教説の内容を韻文で重説
  3. ()(べつ)(vyākaraa、授記)仏弟子の未来について証言
  4. 伽陀(かだ)(gāthā、偈)最初から独立して韻文で述べたもの
  5. 優陀那(うだな)(udāna、自説経)質問なしに仏がみずから進んで教説
  6. (にょ)()()(ityuktaka または本事(ほんじ)itivr̥ttaka)仏弟子の過去世の行為を述べた
  7. 本生(ほんじょう)(jātaka)仏の過去世の修行を述べたもの
  8. (ほう)(こう)(vaipulyapali vedalla)広く深い意味を述べたもの
  9. 未曾有法(みぞうほう)(adbhutadharma)仏の神秘的なことや功徳を嘆じた
  10. 尼陀那(にだな)(nidāna、因縁)経や律の由来を述べたもの
  11. 阿婆陀那(あばだな)(avadāna()())教説を譬喩で述べたもの
  12. 優婆提舎(うばだいしゃ)(upadeśa、論議)教説を解説したもの



注17、 地蔵菩薩関連の経典を挙げると”地蔵三経”と「地蔵菩薩本願経」「大乗大集(だいしゅう)十輪経(じゅうりんぎょう)」「占察(せんざつ)善悪業報(ぜんあくごうほう)経」の他に「預修十王生七経(よしゅじゅうおうしょうしちきょう)」「地蔵菩薩発心因縁十王経」「延命地蔵菩薩経」が一般的に説かれている。



2005
524日 加筆  20061119日 27日如是我聞 1217日注5,6、 2007416日 仁王般若経 2007915日注8 105日注9 200837日真経・疑経・偽経 201233日 201365日注13 2014223日仁王般若経 2014310日老荘哲学 425日三部経 2015年2月28日注14の内十悪五逆 2016年1月29日諷誦 2月11日文質論議 2017年2月17日 5月11日加筆

 


     
   
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