阿弥陀如来の
南無阿弥陀仏と称えられる念仏の典拠となる経典(上巻)で阿弥陀如来(
上下二巻に分けられる事から
上下二巻の内、上巻では法蔵菩薩すなわち後の阿弥陀仏の・誓願(praṇidhāna プラニダーナ)・本願(pūrva-praṇidhāna プールヴァ・プラニダーナ)
無量寿経は浄土思想を説く根幹をなす大部な経典で1~2世紀頃に完成したと視られる、この経典を釈迦に依って説かれた場所は霊鷲山(
無量寿経は真実の教えとされる、その証として
梵語原典とチベット語訳及び五種の漢・呉・魏・唐・宋訳が現存するが、多く使われる経典は洛陽の白馬寺に住んでいた魏の
釈尊が十大弟子の一人で秘書的存在の阿難陀(ānanda)と弥勒菩薩に語りかけた形式で趣旨は
浄土三部経の中で阿弥陀如来、無量寿如来に使い分けであるが、大経では概ね「無量寿」が使われ「無量光」が一回である、観無量寿経では「阿弥陀」と「無量寿」は併用される、阿弥陀経に於いては「阿弥陀」が使われ無量寿が一回使われている。
無量寿の語源であるが梵語名に諸説ある、無限(Amitā)・寿命(yus)の合成語で無量寿如来・Amitāyus buddha(アミターユス ブッダ)「無量の寿命」とする説と、無量光如来・Amitābhabuddha(アミターバ ブッダ・bhaは光)「無量の光明」で「阿弥陀如来」は音訳である、a=否定接頭語 ・mita=ミタ、量る、 ・ābha=アーバ、光明、 ・āyus=アーユス、寿命を意味する、異論もあるが意訳を「無量寿如来」とされた様である、また「十二光仏」とも言われ「無量光」「無辺光」「
因みに本願すなわち”誓い”に対する梵語は(praṇidhāna プラニダーナ)と言い誓願、宿願などと和訳されるが漢訳は「願」であり固いと言う意味を持つ。
無量寿経に依れば、インドの王子時代に「世自在王如来」説法により出家した、法蔵菩薩(dharmākara・ダルマーカラ)という名で修行中に世自在王から二百十億の仏国土を示されて五劫もの期間思惟した、最高の極楽浄土をつくり衆生を救済したいという誓願を起こした因縁から始まり、続いてその誓願が成就してできた経典は漢訳、呉訳、魏訳など五存七欠十二訳が存在したと言われる、共通項として過程と極楽浄土の情景を画いて、極楽へ往生する衆生を導くあり方として
注5、でも述べるが法蔵菩薩の誓願は漢訳と呉訳では二十四願である、また大無量寿経の異訳の一経である平等覚経」も二十四願である、否定説もあるが康僧鎧訳とされる訳経は四十八願に増やされているとの記述がある、因みに訳による誓願数の相違を挙げると、*二十四願に支婁迦讖訳(平等覚経)、支謙訳(大阿弥陀経)、 *四十八願に康僧鎧訳(無量寿経・近年異説もある)、玄奘訳(無量寿如来経)、 *三十六願に法賢訳(無量経荘厳経)、 *四十六願に梵文訳、*四十九願にチベット文等多彩である。 浄土宗小事典・石上善㾮應・法蔵館より
日本に於いては阿弥陀四八願の内特に十八願の願名は念仏往生の願・選択本願・本願三心の願・至心信楽の願・往相信心の願、(文原=念仏往生之願・説我得佛、十方衆生、至心信楽欲生我国至十念、若不生者、不取正覚、唯除五逆、誹謗正法)が著名で「十方の衆生が阿弥陀浄土に入る事を念じて念仏するならば往生を遂げさせる」と記される、但し五逆すなわち肉親や覚者の殺傷と正法すなわち仏法の誹謗者は除外される、五逆とは・殺母・殺父・殺羅漢・出仏身血(仏を傷つける)・破和合仏(教団の破壊)を言う。
浄土宗などでは十八番を王本願と言い四十八願総てを網羅していると言える解釈であるが十九番 (至心発願)も来迎を約束しており十八番(念佛往生の願)と遜色は考えられない、因みに浄土真宗では十七番も重要視されている。
十八番は日本に於いては「念仏往生の願」
その他十九願の必ず迎えに来てくれると言う「臨終
前述の念仏往生之願の内「十念」が十回の念仏で往生出来ると解釈され広まったが異論が多い。
本願とはpūrva-praṇidhāna(プールヴァ・プラニダーナ)と言い、過去に祈願された願い、本すなわちpūrva=昔であり、praṇidhāna=誓い、願いを意味する、即ち法蔵菩薩が菩薩時代の誓いである。
常光如来から54番目に覚者と成った阿弥陀如来の起源が書かれており、「
因みに浄土三部経とは阿弥陀経(鳩摩羅什訳)・観無量寿経
浄土系宗派が
浄土真宗が大無量寿経を聖典すなわち最高経典とする証として正信偈が挙げられる、正信偈の偈前の文に「爾者帰大聖真言 閲大祖解釈 信知佛恩深遠 作正信念仏偈曰」 「しかれば大聖の真言に帰し、大祖の解釈に閲して、佛恩の深遠なるを信知して、正信念仏偈をつくりて曰く」(正信偈を語る背景と動機の説明) 「しかればだいしょうのしんごんにきし、だいそのげしゃくにえつして、ぶつとんのじんのんなるをしんちして、しょうしんねんぶつげをつくりていわく、」
偈前に記述される大聖真言とは大無量寿経を言い、仏から示された偈すなわち真実の言葉である、また大祖解釈とは親鸞が選んだ七高僧である、七高僧とは龍樹・世親・曇鸞・道綽・善導・源信・法然までを言う。
浄土の情景は浄土三部経に詳しいが浄土と言うタームは大無量寿経に於ける上巻に「願わくは世尊、広くために諸仏如来の浄土の行を敷衍したまへ」の一ヶ所記述があるのみである。(浄土三部経と地獄・極楽の辞典、春秋社、大角修)
通名・「東本願寺」正式名称「真宗本廟」の
最後に五濁悪世の穢土に於いて善を行う意義を説いて、この経典の伝導を康僧鎧の「大無量寿経」を含めて玄奘の「般若心経」・不空の「仁王護国等がある。
無量寿経は勤行に用いられる部分に「四誓偈」(注6)があり浄土宗で重用されている、因みに浄土真宗では「
また「
注1 、劫(こう)とは梵語kalpa(カルパ)の意訳で仏教の言う非常に長い期間を言う、劫には複数の算定方法があり、盤石劫の一劫とは四十立方里の岩に天人が百年に一度舞い降りて衣の袖で岩面を一度なでる、その岩が磨耗するまでを一劫と言う。また芥子劫とは芥子の実を百年に一度大きな城都に一粒ずつ落とし満杯になって一劫とする数え方もある、阿僧祇劫の計算法は多数あるが日本では一般的に1056説や1064説が言われる。 劫の分類は複雑で宇宙形成から壊滅までの劫を器世間と言い時間を単位とする物を歳敷劫という。
賢劫の千仏とは現在の劫を賢劫と言い過去の劫を荘厳劫・未来劫を星宿劫と呼びこれを三世三千仏と言う、賢劫の千仏はここから由来している、因みに「三劫三千佛名経」を依経としている。
阿弥陀如来は宝蔵菩薩時代に五劫の間修行して如来と成った。 無限と言える過去に「錠光如来」が出現し、その後も光遠如来、月光如来、等々の如来が現れ53番目に「世自在王如来」が現れる、「宝蔵菩薩」は世自在王如来の弟子で師から210億の佛の世界を示され五劫の間思惟した後に極楽浄土を完成して阿弥陀如来となった。
劫の分類は複雑で宇宙形成から壊滅までの劫を器世間と言い時間を単位とする物を歳敷劫という。
但し真言密教では善無畏が時間軸ではなく、「迷いによる執着」即ち妄執と異質解釈した、但しインド哲学の権威・宇井伯寿氏は「即身成仏」の実例は挙げられない」と言う。
*
*四劫と言う総ての誕生から消滅までの間に永劫の流転を繰り返す、1、成劫 万物の誕生、 2、住劫 安定期、 3、壊劫 衰滅期、 4、空劫 総てが無、に分類され各劫は20劫を要する。
注2、本願
誓願には総願と別願がある、四弘誓願とは総願とも言い菩薩が覚者となる為の必須科目で以下の様になる、菩薩の共通項としての四弘誓願は総願の範疇に入る、また別願は菩薩達が個々に建てた誓願を言う。
四弘誓願は以下の様になる。
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注3、五濁悪世
・劫濁(時世の汚濁 疫病 争い)
・見濁(利己主義 邪見)
・煩悩濁(猜疑心 傲慢)
・衆生濁(脱道徳)
・命濁(上記の濁り短命)
注4、第一願「無三悪趣の願」、第二願「不更悪趣の願」
注5、阿弥陀如来(法蔵菩薩)の誓願 支謙訳の大阿弥陀経、
、請願の数であるが、二十四願から四十九願までがある。
二十四願~「平等覚経(無量清浄平等覚経)」 支婁迦讖訳 (漢訳2世紀後半) 初期無量寿経典
二十四願~「大阿弥陀経」 支謙訳 (呉訳3世紀初め)初期無量寿経典
四十八願~「無量寿経」 康僧鎧訳(魏訳252年)後期無量寿経典
四十八願~「無量寿如来会」 菩提流支訳 (唐訳8世紀) 後期無量寿経典
三十六願「大乗無量寿荘厳経」 法賢訳(宋訳10世紀)。
漢訳経典は五本が知られる、①支謙訳 大阿弥陀経(阿弥陀三耶三仏菩楼仏檀過度人道経)、 ②帛雲訳 平等覚経(無量清浄平等覚経)、 ③康僧鎧or仏陀跋陀・羅宝雲共訳 双巻経等 無量寿経、 ④菩提流志訳 無量寿如来経 大宝積経、 ⑤法顕訳 荘厳経(大乗無量寿荘厳経) 浄土教思想史 梯信暁より。
注6、
注7、 「無量寿経」の法蔵修行段「不可思議 兆載永劫 積植菩薩 無量徳行」とある。
経典には膨大な数字に記述があるが数の単位を挙げると、一 十 百 千 万 億 兆
注8、無量寿如来・Amitāyus buddha(アミターユス ブッダ)即ち永遠の生命とする説と、無量光如来・Amitābhabuddha(アミターバ ブッダ・bhaは光)限りない光明とする「阿弥陀如来」は音訳である、(a=否定接頭語 ・mita=ミタ、量る ・ābha=アーバ、光明 ・āyus=アーユス、寿命)異論もあるが意訳を「無量寿如来」とされる説が強い、阿弥陀信仰に関する一説に、ミトラ教に於けるアミターバ(Amitābha)を源流としており中国に於いて完成を見たと言う記述がある(久慈力・現代書館)、ミトラ教(Mithraism)とは、古代ローマで流伝した太陽神ミトラスを主神とする密儀宗教であると言う、密儀宗教とは古代ギリシャに於けるヘレニズム(Hellenism)を主体とした宗教である、因みに経典であるが無量寿経ではAmitābha(アミターバ)即ち無量光が用いられている、阿弥陀経ではAmitāyus(アミターユス)すなわち無量寿が使われている、よく判らないが不老長寿を標榜する道教との関連を言う説もある、また親鸞は無量光を重要視していたとされる。
注9、 浄土三部経 法然は自著「選択本願念仏集」にお於いて正しく浄土に往生する方法として「三経・一論これなり」と言う、三経とは浄土三部経であり、一論とはインド僧天親の浄土論(無量寿経
①仏説無量寿経 二巻 曹魏康僧鎧訳(大経) *阿弥陀如来誕生の由来。
②仏説観無量寿経 一巻 劉宋畺良耶舎訳(観経) *極楽に生まれる方法 ・念仏往生の方法。
③仏説阿弥陀経 一巻 姚秦鳩摩羅什訳(小経)である、但し優先順位は宗派によりずれがある。 *極楽浄土の情景を示す。
「仏説無量寿経 曹魏康僧鎧訳 「仏説観無量寿経」 劉宋畺良耶舎訳 「仏説阿弥陀経」姚秦鳩摩羅什訳
浄土三部経の特徴として「観無量寿経」は機の真実を説き「無量寿経」は法の本願を説く、更に「阿弥陀経」は機+法を合わせ説くとされている、阿弥陀経や観無量寿経に浄土信仰の極地とも言える「
浄土三部経の精神は後白河法皇の編んだ「
因みに十悪五逆の内で十悪とは、身口意(からだ・言葉・心)で犯す十悪を言う。
十悪とは、1殺生、2偸盗、3邪婬、4妄語、5両舌、6悪口、7綺語、8貧欲、9瞋恚、10愚痴。
五逆とは、1殺母、2殺父、3殺阿羅漢(聖者を殺す)、4出仏身血(仏身を傷つけ出血さす)、5破和合僧(教団を破壊する)となる。
釈尊の教え 仏像案内 寺院案内 経典
2005年10月6日阿弥陀如来起源 2012年4月23日依経 9月6日誓願数 2014年5月11日注5 11月29日praṇidhāna プラニダーナ 2015年3月1日 2016年1月26日 2017年3月22日 4月4日 2018年5月3日 6月19日 2020年7月11日加筆