経典の大多数は世尊が現世に於いての説法を文章としたと言う建前である、理趣経や大日経は法身仏すなわち、”沈黙の仏”であるはずの
元来仏教に於いては性欲を含む欲望は煩悩として否定的に扱われる、しかし理趣経では清浄な
般若すなわち最高の智慧により真実の安楽に誘う経典である、因みに理趣経では大日如来とは呼称されず
理趣経は密教に関連する宗派に於いて最も多く読呪されている経典と言える、覚りへの道すなわち理趣(真理への味わい、風情、おもむき)を示しており金剛頂経を父とし、般若経を母とすると言われるほど両経の要素を内包した経典である、不空と玄奘の訳が知られている、正式名は不空訳が「
「般若心経」の基と成る経典でもあるが、密教の影響下にある処では常時読誦さている経典すなわち「大般若波羅蜜多経」第十会、般若理趣品を独立させた経で理趣経と呼ぶ、即ち玄奘が訳した「大般若波羅蜜多経」600巻から独立した578巻の般若理趣分でその経緯から「般若波羅蜜多理趣品」(百五十頌般若)とも呼ばれる、要するに理趣経の源流は、大乗経典の内最も古い「般若経」(百五十頌般若)を基本ソフトとしている事から般若の文字が見られる、従って般若経にない独自の密教的解釈を加えた事と言える、また般若経の密教版との指摘もある。
下述の表十七段を清浄としている、大乗の大乗と言われる日本佛教界でも秘事と捉え否定的なニューマが大勢を占めるが、インドに於いては快楽を肯定しており究極の智慧と快楽は不可分の相関関係が存在したと正木晃氏は言う。
概ね同一の経典が三系統に存在する即ち単独の「理趣経」、玄奘訳の「大般若経の第十会理趣分」、不空訳の「大楽金剛不空真実三摩耶経」(金剛頂経第六理趣分)である、要するに即身成仏(金剛頂経)と無空など(般若経)を融合した「煩悩即菩提」を言う様である。
梵語名 adhyardhaśatikā prajñāpāramitā Prajñāpāramitānaya‐śatapañcāatikā(プラジュニャーパーラミターナヤ・シャタパンチャシャティカー)(百五十頌般若)と言い、理趣とは梵語nayaで正しい道理に導くと言う意味を持つ、 原典は部分的に残留しておりチベット語訳と玄奘・菩提流支・不空・金剛智等による漢訳六種が現存する、中でも空海
密教系特に真言宗の常用読誦経典である、仏事(法寺、葬儀)法会は無論のこと、通常の行に於いても必ず読誦されている、これ等を密教経典すなわち広義の金剛頂経に加えられて・大日如来(大毘盧遮那仏)・金剛薩埵を主要な尊格としている、因みに経典の読誦は通常呉音であるが理趣経は漢音で詠まれている、漢音読誦の原因は諸説あるが未熟な僧を含む在家信者に淫し経典との誤解を避ける為とも言われる、また殺などの記述がある為に常用語の呉音を避けたとも言われる、因みにnayaは道理であるが詳しくは宇宙の真理を意味する。
真言宗の最高経典は両部の大経であるが常用経典ではない、松永有慶師(理趣経講賛・大法輪閣)に依れば両経は経典読誦に対する功徳を含まないからと言う、真言宗に於いては主に修法に使用される経典は仏教に於いてタブー(禁忌)とされていた性を取り上げた画期的な理趣経である、常用読誦すなわち日常の勤行に於いて必ず読まれるのが前述の理趣品である、但し当初は秘経であり衆生に詠まれる事は無く般若心経の様な普遍性に欠ける、空海と最澄が袂を分けた原因とされている経典である、密教経典の一経でこの経典の注釈書(理趣釈経)貸与をめぐり二人は決別したと言う、但し空海から最澄への返書には偽書、或は他人宛てとの説もある、密教は筆受を否定する為に空海の請来目録には「密蔵深玄にして翰墨に載せ難し」とある、密教は文字で理解できると思惟していた最澄への返答とも言われている。
理趣経では読誦及び「
世尊は大毘盧遮那如来(密教では大日如来とも)となり般若波羅蜜の理趣を説くと言う、安楽すなわち金剛杵の如く真実の智慧に導く内容である、理趣とは梵語でnaya道理・理の意味を持ち、佛世界の智慧を言い金剛頂経と密接な関連を持っていると言うより広義の金剛頂経の一典に加える説が強い(金剛頂経入門・頼富本宏著・大法輪閣 他)、金剛界曼荼羅の九会は八会まで「初会金剛頂経」から採用されているが、理趣会は金剛頂経の第六会の理趣経から採られている。
理趣経は読誦することで功徳が得られる経典の様で、
経典の内で薄伽梵と言うタームが使われているが、
理趣経の要諦は「百字の偈」にあると言える、人間は大欲を持ち衆生の為に生死を尽くすまで生きることが大切である、清浄な気持ちで汚泥に染まらず大欲を持ち衆生の利益を願うのが人の務めであると説かれている。
経典の法門を著した曼荼羅がる、東密台密ともに修法に使われる「理趣経曼荼羅」がある、序段に十七段をプラスしたもので十八会曼荼羅とも言われる作で醍醐寺や高野山・大覚寺等に伝えられており、本尊は多様である。
経典は大東急記念文庫・所蔵経典が(白描絵料紙・巻子装 鎌倉時代)が国宝指定を受けている、曼荼羅は真言僧宗叡(809~889年)が招来した「十八会理趣経曼荼羅」があり転写本が金剛峯寺親王院と醍醐寺に存在する。
序説、初段~十七段、流通分から構成されている、中でも一段と十七段がメインである、金剛界曼荼羅の理趣会は初段「大楽の法門」金剛薩埵、の図解である、理趣経に於いては十八の曼荼羅が言われているが、金剛会曼荼羅に説かれる十七尊曼荼羅は十七清浄句を示している、要するに男女の愛情過程を著し総てが清浄としている、十七段は金剛薩埵を囲む妃すなわち欲・触・愛・
十七段・百字の偈「菩薩勝慧者乃至尽生死恒作衆生利~大安楽富饒三戒得自在能作堅固利」即ち人間の本性は清浄であり、このままで即身成仏出来ると説き、人間の欲望や異性関係の情感を菩薩位として積極的に承認している。
最澄と空海の離反に付いては仏教には経典を読み教義だけを理解する「浅略釈」と本質を体感する「深秘釈」がある、空海の請来目録にある「密蔵は深玄にして翰墨に載せ難し」すなわち密教(真言)の本質は経典の内容を合理的分析や理解する事では無く、師から弟子への伝授・面授を体感する事が重要であり深秘釈を修める必要があると空海は考えた、特に「妙適清浄菩薩位」等は浅略釈では官能的な記述があるなど誤解を招きやすい経典を貸与するに付いて空海が拒否した理由の一つとされる、また最澄とは真言密教に於ける最優先課題である即身成仏の行に対する解釈に対立が見られたとも言われる、因みに面授の他に言語や経典からの伝授を筆授と言う。
滅罪生善即ち罪科を滅ぼし善を生かす思想が貫かれており、般若経の一典ではあるが金剛頂経、大日経と共に真言宗の最重要経典になっており約24分間の経典は法要・葬儀・勤行には必ず詠まれている、内容は密教経典であり大日如来の法身佛である金剛薩埵、の為に般若の理趣、即ち根本の理法を説いたものとされる経典である、存在する事例は総てが本質的に清い、人間の根底にある欲望の性愛も清く、そのままの姿を肯定する、理趣経の要諦は初段の煩悩即菩提にあり、性愛を肯定する清浄句であろう、「妙適清浄の句、是れ菩薩の位なり」、因みに妙適とは性的
真言宗に於いては仏事の法要名にもあり、護摩供養とともに重要な祭事とされる。
経典としても真言密教の重要経典の一典とされ、八世紀後半出された不空訳の「大楽金剛不空真実三摩耶経般若理趣品」が多く利用される、玄奘による訳名は「大般若経第十会、般若理趣分」と言う。
後期密教発生の触媒とも思惟される理趣経を根本経典にした宗派に真言宗立川流がある、鎌倉時代初期に仁寛(後に蓮念)より興された流派で19世紀頃まで信仰されていたが淫祀邪教として阻害された、立川流とは後期密教すなわちチベット仏教(仏教c)に近い教義で理趣経を重要視し荼枳尼天を崇拝、性交と即身成仏を関連付けている、理趣経は
加持祈祷の原点を理趣経典の文字から引き出すと、「薄伽梵(バガヴァット・bhagavat、婆伽婆)即ち世尊は金剛加持(アディシュターナ・adhisthana)・真言呪・観想により三摩耶智(samaya・悟りに導く)を完成できる」薄伽梵成就殊勝一切如來金剛加持三摩耶智
注1、十七清浄句 (理趣経)の目次
序 説 |
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第一段 |
大楽の法門 金剛薩た章 |
総論 男女合体の清浄さを十七清浄句で顕す。 |
第二段 |
覚証の法門 大日如来章 |
欲箭、清浄の句 菩薩位である、(男女間に起る欲望は清浄)
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第三段 |
降伏の法門 降三世明王章 |
触、清浄の句 菩薩位である、(男女が触れ合うことは清浄)
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第四段 |
観照の法門 観音菩薩章 |
愛縛、清浄の句 菩薩位である、(男女離れがたいのも清浄) |
第五段 |
富の法門 虚空蔵菩薩章 |
一切自在主、清浄の句 菩薩である(男女が合体し総てを征服した気分に浸るは清浄) |
第六段 |
実働の法門 金剛拳菩薩章 |
見、清浄の句 菩薩位である、(男女の欲望を見たいと思う心は清浄)
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第七段 |
字輪の法門 文殊菩薩章 |
適悦、清浄の句 菩薩位である、(男女触合う喜びは清浄)
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第八段 |
入大輪の法門 さい発心転法輪菩薩 |
愛、清浄の句 菩薩である (愛のからみの離別しがたい心は清浄)
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第九段 |
供養の法門 虚空蔵菩薩章 |
慢、清浄の句 菩薩位である、(一切の事を満たされた満足は清浄)
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第十段 |
憤怒の法門 摧一切魔菩薩章 |
荘厳、清浄の句 菩薩位である、(欲望よって飾り立てる事は清浄)
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第十一段 |
普集の法門 降三世教令輪章 |
意滋沢清浄の句 菩薩位である、(異性に触れる喜びは清浄)
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第十二段 |
有情の法門 外金剛部章 |
光明、清浄の句 菩薩位である、(愛情の光明は清浄)
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第十三段 |
諸母天の法門 七母天章 |
身楽、清浄の句 菩薩位である、(四季を通じて良い体調は清浄)
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第十四段 |
兄弟の法門 三兄弟章 |
色、清浄の句 菩薩位である、(形を見る心は清浄)
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第十五段 |
四姉妹の法門 四姉妹女天 |
声、清浄の句 菩薩位である、 |
第十六段 |
各具の法門 五部具会章 |
香、清浄の句 菩薩位である、(香りを味わう事は清浄) |
第十七段 |
深秘の法門 五秘密章 |
味、清浄の句 菩薩位である、(味を楽しむ事は清浄)
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流通分 |
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常恒三世
*、正式名称の「大楽金剛不空真実三摩耶経」 大楽=
*、般若波羅蜜多とは煩悩・誤認を打破する真実の智慧を意味する、理趣は道理・宇宙真理を言う。
*、大楽世界は正木晃氏に依れば、大乗佛教の重要コンセプトに空を性の快楽として掌握する見解を言う、大楽世界とは即ち生死即涅槃 煩悩即菩提の哲学を発展させた思想で「大楽思想」と言う。
注2、正式名称の「大楽金剛不空真実三摩耶経」 大楽=大日如来 金剛=阿閦如来 不空=宝生如来 真実=阿弥陀如来 三昧耶=不空成就如来 と言う。
注3、十七清浄句は真言宗の読誦経典である、因みに性的ヨーガを説いた経典ではない、即ち性行為に於いても空観からすれば清浄である事を強調した経典といえる。
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最終加筆日2004年10月12日 2012年3月5日密蔵は-‐‐2012年5月25日覚りへ道 2013年12月29日理趣品からの独立 2015年1月13日冒頭加筆 2016年11月17日 2017年6月19日 11月19日 2018年6月6日 10月1日 2019年5月10日 加筆