明 王

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 仏像案内    寺院案内   如来   菩薩    天部    仏師     仏像名称


密教
と共に仏教の尊格に組み込まれた、大日如来の使者としての役割を孔雀明王等一部を除いて憤怒相である。
大乗仏教
バラモン・ヒンズーBrahmanism (ヒンディー・Hindi)の構成・儀礼を取り入れて成立したのが密教である、密教vidyā-rāja ヴィディヤー ラージャの発生とほぼ時を同じくして現れた明王や天は憤怒相で、菩薩の化身的な役割を担う密教特有の尊格を持つ、明王の明とは如来の呪文を言い、”呪文の王”と解釈できる、但し明王と言う呼称は日本と韓国等東アジア付近で呼ばれるが、チベットを始めとする密教国では使用されない。 
インドに於いて仏教より遥か以前、すなわちBC二千年程の歴史を持つ明王は神秘的なパワー、呪術の持明者(じみょうしゃ)すなわち明呪vidyā ヴィディヤーの王を言い、その妻を明妃(みょうひ)
vidyā-rājñīと言う、元来はヒンズー教の神々を仏教に取り込み融合させで密教神すなわち明王尊が成立した、仏教がヒンズー教の諸神を取り入れたのは、レベルは低いが衆生に人気が高い儀礼等々を模倣した事に依る、七世紀前半に群雄割拠のインド諸国の王達の政権が破綻する頃、儀礼、呪に秀でたヒンズー教シバ派の台頭に対抗するために、ヒンズー教の最高神シヴァ神を踏みつけ(降三世明王)にしたり、仏教は不動明王を代表とした憤怒尊即ち明王を取り込んだ尊格と言える、因みに梵語のヴィディヤーとは霊的な智慧、知識、学問を意味する。 
明王群
大日如来の化身であり密教に於いて唱えられる陀羅尼や真言を尊格化した像である、従って様々の護摩(梵・homa・ホーマ)祈祷(きとう)修法(しゅほう)の本尊として多く用いられている、明呪(おまじない・真言)の中の王者で「持明使者」とも呼称される、真言と陀羅尼の総称的意味を持った者を尊格として顕わされた、明王大日如来の変化姿と言える、閑話休題、日本で行われている護摩儀式でヒンズー教の護摩儀式と類似性の高い会がある様だ、因みに護摩は梵語 ホーマhomaの音訳である、因みにヴィディヤーとは智識、学問を意味する。
明とは光明を言い智慧を意味する、対象に無明(むみょう)avidya アヴィディヤ すなわち暗愚(あんぐ)、煩悩がある、明は暗闇を照らす光すなあわち仏の智慧であり慈悲の働きの結晶とされる、煩悩すなわち暗闇(くらやみ)に光明(智慧)を照射して打破する智慧を言う、光明すなわち真言mantra・真実の詞)・智慧と同意語である、宇宙の根幹に位置する大日如来を中心とした密教哲学から由来している、従って尊格としては菩薩と同格の地位を占めていたとされる、因みに短い呪を真言と言い長い呪を陀羅尼とされる、因みに明呪とは真言、陀羅尼と同意で真実の言葉とされる、因みにリグ・ヴェーダ聖典(注10ヴェーダの漢訳を明呪と訳されている様である、これが次第に下述する様に真言と同意語即ち真言を呼ぶ者となる。    
通常梵語
vidyārāja(ヴィドヤーラージャ)の意訳であるが元来は知ると言う意味を持つ女性名詞であったが呪力(明)を持つ者となる、慧・解・識・智・術等を意味するが異説もあり、中国に於いては「持明王」とか「持明使者」とも呼称されているが、梵語の漢訳ではなく中国独自の語彙であり、krodhaすなわち「憤怒尊」が梵語訳には適しているとの指摘がある。(インド密教の仏たち・森雅秀)   

呪は元来ヴェーダ聖典に説かれるバラモン教の儀式の中に存在する、スヴァーハーsvāhāと言われ漢訳では陀羅尼等の末尾に記述され誓願が神に通じる事を願うソワカ薩婆訶に相当する。

またVidyārāja王たる智慧者、即ち真言(マントラ・mantra)を宣布者でもある、 慧・解・識・智等を五明とも言う、現代語に直せば「知識」「学術」「学識」「科学」等を総合した意味合いになる、またヴィドヤーラージャを明王と言う漢語に訳し普及させたのは大日経を翻訳した善無畏と弟子の一行である。

前述の如く真言、陀羅尼すなわち明呪を言い神秘な呪術を会得した「明」即ち真言の王者とされ呪術の実行者である、真言陀羅尼を明と言い真言を身につけた者を「持明者」と言う、即ち明呪の霊験を有する者である、また煩悩に苦慮する事を無明とも言う、
しかし主に如来・菩薩・明王・の尊格付けに利用されている、明王は密教宗派に限られるが信仰者の範囲は広い、明王の姿形の於ける源流を辿ればインドの土着宗教の流れを汲むものであり如来菩薩にはほとんど見られない憤怒・怒気
を示している、衆生の調伏や外道の威嚇を目的とする憤怒尊すなわち怒れる神々である、更にこれらを強調する為に古代ペルシャの宗教、ゾロアスター(拝火教)の流れを持つ火焔光背等までさかのぼる、明王でも女尊の孔雀明王は例外とされる。  
憤怒形は「金剛頂瑜伽降三世成就極深密門」「甘露軍荼利菩薩供養念誦成就儀軌」等の経軌に著されている。
明王は大日如来
(自性輪身)を始めとする如来群の実行部隊的(教令輪身)な性格を持つ、日本に於いては密教を請来した空海の影響は絶大である、白河上皇の明王信仰にも助成され、個々に信仰された像も多くあり寺院の本尊に祭られる場合も多い、不動明王 ・大威徳明王 ・孔雀明王 愛染明王 ・鳥枢渋摩明王 ・大元帥(たいげんすい)明王などが該当する。
明王とは真言(真実の言葉)の意味も持ち如来・菩薩の利益実行を行う役目を持っている、日本独自の信仰として五大明王・八大明王の信仰も在る、各地(松島等)に存在する五大堂には不動明王を始めとする尊像がありこれらの像は仏教彫刻史上秀作が多い。 
大日如来が変化して様々の姿に変えるが明王の場合もあり、三輪身のうち教令輪身と言い下図の様な形態になる、如来や菩薩は柔和相と言う優しい表情であるが、明王は孔雀明王の様な例外を除いて憤怒相に変化する、因みに三輪身は摂無礙経を典拠としている、摂無礙経は空海没後百年以上後、即ち平安時代に於ける東大寺の僧
奝然938年~1016年)が請来した経典で、日本密教の特徴であるが三輪身と言うタームを空海は使用していない。
空海の著作を覚鑁が編纂したとされる「五部陀羅尼問答偈讃宗(げさんしゅう)秘論」に降三世明王に付いて「怒りを現ずるは降伏の為なり‐‐‐摩醯化を受けず威力をもって化せんには()かず」とある、因みに摩醯とは摩醯首羅とも言い、大自在天Mahesvara、マヘーシュヴァラ)を言う。 


チベット仏教を主軸とする後期密教では明王を十憤怒尊
krodha クローダに分類している、十尊は経典により異なるが、*大威徳明王 *無能勝明王 *馬頭明王明王 *軍荼利明王 *不動明王 *愛染明王 *青杖 *大力明王 *転頂輪明王 *降三世明王 が挙げられている。


五智如来(五仏)――五大菩薩――五大明王の流れを図に示した(上司と部下の関係)                        

  

 

如来部(金剛界)

如来部(胎蔵界)

  菩 薩 部

 明 王 部  

  持物、印相

  

 五  智

 自性輪身

 自性輪身

 正法輪身

 教令輪身  

 

 中 尊

 法界体性智

 大日如来  

 大日如来

 金剛波羅蜜菩薩

 不動明王  

 剣、羂索、一面二臂

 東 尊

 大円鏡智

 阿閦如来  

 宝幢如来

 金剛薩埵菩薩

 降三世明王  

 降三世印、三面八臂

 南 尊

 平等智

 宝生如来  

 開敷華王如来

 金剛宝菩薩

 軍荼利明王  

 羯磨印、一面八臂

 西 尊

 妙観察智

 無量寿如来

 無量寿如来

 金剛法菩薩 

 大威徳明王  

大威徳印、 六面六臂六足

 北 尊

 成所作智

 不空成就如来

 天鼓雷音如来

 金剛利菩薩  

 金剛夜叉明王 

 金剛杵、金剛鈴、三面六臂

                    
 相 好     柔和相     慈悲相  憤怒相    


上図の用語解説 三輪身(さんりんじん)自性(じしょう)輪身・正法(しょうぼう)輪身・教令(きょうりょう)輪身) 説法の姿すなわち法を駆動する姿形を言う。
密教に於いては「仏身説」があり如来の法輪が輪身
(転ずる)姿を三身に分類される、即ち絶対的本質を示す”自性輪身”の如来の姿(深い禅定)、  慈悲を持ち如来の教えを説く”正法輪身”の菩薩の姿(悟りヲ求めながら衆生を救済)、  慈悲を憤怒姿で示す”教令輪身”の明王(武器等で正法に引き込む)の姿となる、因みに輪とは輪宝から採用した煩悩を打ち砕く武器から採られている。
三輪身とは略称「摂無礙経」を源流とした哲学説と、恵果の教えを纏めた「秘蔵記」説がある、絶対的な本質を表す「自性輪身(如来」、 慈悲で説く「正法輪身(菩薩」、慈悲からのアウトローを力で救済する「教令輪身明王」を言い、不空成就如来-自性輪身  ・金剛利菩薩ー正法輪身 ・金剛夜叉明王ー教令輪身の姿で現される、摂無礙経とは正式には摂無礙大悲(しょうむげだいひ)心陀羅尼経計一法中出無量義南方満願補陀落海会五部諸尊等弘誓力(しんだらにきょうけいいっぽうちゅうしゅつむりょうぎなんぽうま)い、因みに三輪身は摂無礙経を典拠としている、摂無礙経は空海没後百年以上後に東大寺の奝然938年~1016年)が請来した経典で、三輪身と言うタームを空海は使用していない。 
*春秋社、不動明王、下泉全暁、に異説がある、真言宗の要点記とも言える「秘蔵記」に記述される事項に「
三輪身」がある、三輪身とは、密教に於いて、・如来(自性)、・菩薩(正法)、・明王(教令)、の三種類の仏身観として分類したものである
真言宗の要点記とも言える「秘蔵記」に記述される事項に「三輪身」がある、但し秘蔵記の出自は諸説あるが恵果の教えとも唐の密教僧達の常用語とも言われる。

五 智 法界体性智(宇宙の真理を現す知慧)  大円鏡智(森羅万象を鏡す知慧)  平等智(あらゆる機会平等の知慧)  妙観察智(正しい観察の知慧)  成所作智(成就を目指す智慧) 以上を五智と言う。 唯識では覚りの智慧を出世間智と呼び修行の段階を四智と言い 1、大円鏡智 2、平等性智 3、妙観察智 4 成所作智としているが、密教に於いては最上位に法界体性智を置き五智として優位性を誇示している。 
天台系では金剛夜叉明王に換わり鳥枢渋摩明王
(鳥枢沙摩明王・うすさま とも言う)となる。 


五大明王
 
明王の中で著名な五大明王は
玄宗皇帝に帰依された不空による翻訳で中国に於いて空海が会得した「仁王経」すなわち「仁王護国般若波羅密多経陀羅念誦儀軌」や「摂無碍経」により密教化された、その配置や姿形は仁王五方諸尊図に著される、護国思想や五大明王の哲学が説かれ空海円珍により請来された、因みに五大とは「五大種」即ち万物を構成する地、水、火、風、空を言う、特徴としては秘蔵記に”五憤怒”の項目があり金剛界五如来の憤怒身とされている。
日本に於いては鎮護国家、天皇家の息災祈願の代表とされる祭事で五壇法で明治時代まで宮中で行われていた”後七日御修法(ごしちにちみしほ)”の本尊として重要視されてきた、後七日御修法の儀礼は現在も教王護国寺・灌頂院で行われている、因みに五壇法とは密教に於いて五大明王に個々の壇を設けて安置する事を言う。
 
インドでは八世紀前後の戦国時代にヒンズュー経のシヴァ派が王達に戦勝を祈願する儀礼等を行い興隆する、対抗上密教では五大明王にシバ神や妃のウマを足で踏みつけた像で対抗した。
仁王経の五方五菩薩、すなわち五大力菩薩
(注9から由来しており、怨霊撃退・調伏の為の五壇法を根拠として本尊が制作された、護国三部経の仁王経を典拠としている為に国家安寧・禁裏安寧・五穀豊穣を祈願する密教最大の修法とされる後七日御修法(ごひちにちみしほ)に使われる,因みに後七日御修法とは明治以前には宮中に於いて毎年正月七日から行われた修法で現在は教王護国寺で行われている、旧訳に位置する(よう)(しん)384417年)の仁王般若波羅密多経、また仁王念誦儀軌に依れば五大明王の源流とも言える五大力菩薩(注9がある、・金剛()(中央)無畏方吼(むいほうく)(東)龍王(りゅうおうく)(南)无量力吼(むりょうりくく)(西)雷電吼(らいでんく)(北)を言う、因みに吼とは叫ぶ、吠えるの意味を持つ。
五大力尊は不空
705774年)の時代に・金剛波羅蜜多菩薩 ・金剛手菩薩 ・金剛宝菩薩 ・金剛利菩薩 ・金剛薬又菩薩に変化する。 
仁王経とは正式には「仁王護国般若波羅蜜多経陀羅尼念誦儀軌」
(不空訳)と言い、仁王経五方諸尊図像(仁王経曼荼羅)空海によりもたらされた
教王護国寺講堂の五大明王を含む尊像群は二尊(金剛宝菩薩・金剛法菩薩)を除いて仁王経を典拠とされている、その他五大明王の作例としてはインドや中国に於いての現存例は見つからないが、伝来は中国にあるとされるが定かではなく空海のオリジナル説もある、日本では仁王経の信仰と共に広がりを見せて各地に五大堂が建設された。

但しインドでは独尊では不動明王・降三世明王・大威徳明王が数例存在するが軍荼利明王・金剛夜叉明王の二尊は作例が無い、また中国に於いても不動明王が数例観られるが五大明王像は見られない、因みに明王という名称も無くそれに近い呼称に憤怒尊がある程度である、これは五大明王の典拠となる仁王経の梵語経典は未発見すなわち中国で作られた偽経説が有力とされている。
日本では密教を解説した「秘蔵記」には五忿怒を持って五智に相宛つ、即ち五大明王を本尊とした五の護摩壇を置いた「御修法」が禁裏で行われていた。
図像も二系統あり空海招来様
(真言系)と、真言宗に対抗意識に燃える円珍招来様(天台系)がある、真言系では「仁王経五方諸尊図」を典拠としており上記の不動明王降三世明王軍荼利明王大威徳明王金剛夜叉明王の五尊を言い水牛に乗る大威徳明王以外は立像である、空海が大極殿に真言院を創設して五大明王の檀を築き後七日御修法の施行に成功し、天皇及び御衣に聖水を注ぐ最大級の修法にした事により平安時代以後には多大な信仰を集めた、後七日御修法は明治維新まで宮中で行われ、現在に於いても東寺で行われている事もあり平安時代以後には多大な信仰を集めた、また天台系では円珍が招来した「五菩薩五憤怒像」が使われ金剛夜叉明王に代わり鳥枢渋摩明王があてられ坐像である、五大明王全尊揃っているには東寺 ・大覚寺 ・醍醐寺 ・不退寺 ・宝山寺(奈良) ・定福寺(三重) ・瑞巌寺(宮城県松島)の七寺である。
国宝の絵画に於いては東寺・醍醐寺 ・高野山
(有志八幡講十八箇院) ・水無瀬神社(大阪)に存在し、重要文化財も数点存在する、また軍荼利明王は真言系では右手に金剛鈎を持ち天台系は羂索を持つ、また大威徳明王に於いては画かれる位置が真言系は画面側から右上、天台系は左下に画かれている。
新しく絵画で岐阜県大野町の来振寺(きぶりじ)で絹本著色 不動明王 降三世明王 軍荼利明王 大威徳明王 鳥枢沙摩明王 五幅各140×88cm 
(平安時代)20046月に国宝指定を受けた、真言宗の古刹に天台系の鳥枢沙摩明王の作品が存在する事は興味をそそる。
円珍様の五大明王で日光・輪王寺の場合は不動明王を欠いている、また京都・法性寺の場合は現在に於いては東福寺、塔頭、同聚院所蔵の不動明王だけが残っている。
平安時代頃から五大明王は修験道に垂迹身として調伏、出産等々の祈祷に五壇法が用いられた、垂迹身は * 中尊の不動明王が黄帝大神龍王(おおかみりゅうおう) *東の降三世明王が赤帝大神龍王、* 南の軍荼利明王が赤帝大神龍王、* 西の大威徳明王が黒帝大神龍王、* 北の金剛夜叉明王が白帝大神龍王となる。

 

     
     来振寺  国宝 不動明王

 

八大明王 上記 ・不動 ・降三世 ・軍荼利 ・大威徳 ・金剛夜叉の五大明王と鳥枢渋摩明王の六尊に無能勝(むのうしょう)明王 ・馬頭明王の八尊とする説と不動明王 ・降三世明王 ・大威徳明王 ・大笑(たいしょう)明王・軍茶利と同尊大輪(たいりん)明王 ・無能勝明王 ・歩擲(ぶちゃく)明王 ・馬頭明王とする説とがある,また大砂金剛経に於いては八大菩薩から八大明王が現れると言い菩薩との関係は以下のようになるが普遍化していない。
明王」は菩薩の化身であり、下表の正法輪身尊の部下的存在である,大輪明王は障害を除去のご利益を持ち弥勒菩薩の化身であり、無能勝明王は煩悩の除去のご利益を持つ、中国には宋の時代の十大明王と呼ばれる尊像が宝頂山石窟にあり・大穢迹(だいえしゃく)明王 ・大火頭明王 ・大威徳明王 ・大憤怒明王 ・降三世明王 ・馬頭明王 ・大笑金剛明王 ・無能勝金剛明王 ・大輪金剛明王 ・歩擲(ぶちゃく)明王が存在している。

金剛菩薩 

虚空蔵菩薩 

観音菩薩 

除障害菩薩 

妙吉祥菩薩 

慈氏菩薩 

地蔵菩薩 

普賢菩薩 

振三世明王 

大笑明王 

馬頭明王 

不動明王 

大威徳明王 

大輪明王 

無能勝明王 

歩擲明王 

 

*太元帥明王(アータブアカ)  護国・戦勝・敵降伏を祈願する明王とされ祈願修法は極秘とされていた。
元来秘法の為像造されたものも少なく、義軌では説かれている様であるが姿形も定まってはいない。
現存像は●秋篠寺
16臂) 立像 木造彩色 229,5cm 鎌倉時代  醍醐寺・高野山西南院等である。
絵画に於いての重文指定作品には東寺の●太元帥曼荼羅 ・太元帥明王
(6面8臂)2点 ・4面8臂  ・醍醐寺2点  ・善峰寺(京都)・西南院(和歌山)  ・MOA美術館等に存在する。     

 

* 鳥枢渋摩明王(ウッチシュマ)天台系では五大明王の一尊に加えられている。
穢れや悪を滅ぼすパワーの所持者として庶民崇拝が一部に見られたが個人や民集信仰のために作品的には恵まれていない。像造も一定しておらず持物も様々である。
その他別項に孔雀明王 ・愛染明王の説明欄  


その他の明王を抜粋 
*歩擲明王 大妙金剛経に依れば八大明王の一尊で梵語名をpadanak
ipa(パダナクシパ)と言い「ぶちゃく」「ほてき」明王とか呼ばれる、菩提心を喚起する明王とされる。
*大輪明王  大きな法輪を意味し八大明王の一尊で弥勒菩薩の憤怒形とされている。
*無能勝明王 梵語名aparājita
(アバラージタ)「大聖無辺自在元帥」「大妙(だいみょう)金剛大甘露軍拏利焰鬘熾(こんごうだいかんろぐんだりえんまんし)盛仏(じょうぶつ)(ちょう)(きょう)」略して大妙金剛経に依れば地蔵菩薩の化身とされる。
*馬頭明王 馬頭観音の明王化で大妙金剛経に依れば八大明王の一尊。

*勝三世明王 降三世明王と同尊であるが胎蔵界曼荼羅の持明院では別尊として扱われている、また大日経には記述がない。


注1、 上表と東寺羯磨曼荼羅と比較すると如来部は全て同じで菩薩部は金剛波羅蜜菩薩が金剛波羅蜜多菩薩に金剛利菩薩が金剛業菩薩に変化しており明王部も変化は無いが、胎蔵界曼荼羅の持明院から著しく変化しており、ここに空海の戦略が見られる。   


注2、五智 法界体性智(真理解明の智慧)・大円鏡智(鏡の如く映す智慧)・平等智・妙観察智(正しい観察智慧)・成所作智(全ての成就智慧)を言う。 (上表解説と重複) 

 


注3、 ヒンズー教 現在インドに於ける最大の宗教で信者数六億を超えるが開祖や教団組織に確定したものは無い、階級制度(カースト)において最高位にあったバラモンとインドにおける土着信仰とが融合して発生したのがヒンズー教である。  

 


4、●醍醐寺に八大明王図・鎌倉時代の作品がある。

5、五壇法 国家や天皇家の大事に置ける祈願や調伏、息災祈願を天台・真言の僧侶が行う密教の呪術で壇の上に本尊を置き密呪を行う修法で壇の置き方や五大尊の配置には違いがある、他に五大尊法・五大尊合行もある。
五壇法は五大明王を個別の壇に配置して行う修法であるが天皇家や藤原一門の権力の衰えと共に廃れる。


6、 後七日御修法(ごひちにちみしほ)とは全真言宗の管長、管主が七日間に亘り国家安寧などを祈願して行われる真言宗の最高秘奥儀典である、かっては禁裏に於いて行われていたが、現在は東寺18日~14日の結願まで行われている。   

7、真言と陀羅尼の区別は一言呪文、数文字を真言と言い長い呪文を陀羅尼と言う、したがって明王は陀羅尼王と呼称するのが適切かもしれない、また真言・陀羅尼を一言で要約すれば煩悩を除く智慧と功徳の完成と言えるかも知れない。 

8、 ゾロアスター教  中国名を拝火教・祅教(けんきょう)とも言い、 一神教の先駆けとも言える宗派で預言者ザラシュトラ(zarašu(v)tra)即ちギリシャ風呼称ではゾロアスターが受けた神託を嚆矢とする。
BC7
世紀頃~BC3世紀頃に現在のイランで東北部で発生し、サーサーン王朝が国教に認定しペルシャ文明の根幹を形成した宗教で世界最古に属する宗教と言える、経典は「アヴェスター(avest
ā)」であるがペルシャ文明は口伝であり記録を残したのは古代ギリシャ人とされる、またavestāの語意も不詳である。
唯一の神・アフラ・マズダー(ahura-mazd
āh アヴェスター語) の名からマズダー教・サルベージに善行を重視する事から善教・また松教とも言われ当寺のイランを席巻した、一神教信仰の嚆矢とも言える教義を持ち現在の世界三大宗教に儀礼や哲学に多大な影響を与えていたが、七世紀後半からイスラム教に席巻されたが、インドに亡命した人々により儀礼や儀式などヒンズー教に引き継がれた部分は多い。
善悪に二極化し善即ち光の神アフラ・マズダーと悪神アングラマイニュとを対比させて成立した。
善意・良心・道理を重要視した行動を示す、火を象徴として宗教儀礼に用いる事から拝火教とも呼ばれる、ただし祭祀や儀式で火は必ず燈るが礼拝の対象とはしていない、古代からユダヤ教、キリスト教に大きな影響を与え仏教に於いても阿弥陀信仰や不動明王等の火炎光背や、密教等(真言宗、天台宗、修験道)で重要視される護摩の火はゾロアスター教が源流とされる、またイスラム教シーア派にも影響があるとされる。
もう一つ世界宗教の源流と言えるものに前述した善悪・光闇を峻別したことにある、以前の神はギリシャ神話にもある様に善悪二面性を有していたがゾロアスター教以後の宗教は神と悪魔即ち善悪が分けられた。 
中国では松教(けんきょう)と呼ばれた。活動期はBC2000年紀ごろからBC76世紀など諸説があるが定かではない。
現在新たな入信者の門を閉ざしておりインドボンベイを中心に世界(オセアニア・英国・ドイツ・シンガポール)に教団組織が見られるが定かではない、約17万人の信徒を持つ。

9、五大力菩薩は金剛峯寺(八幡講十八箇院)に仁王般若派等蜜経(仁王経)の旧訳(鳩摩羅什)を依経とした三尊・絹本著色 掛幅装 (金剛吼
237,6cm、竜王吼179,5cm、無畏十力吼179,5cm)が国宝指定を受けている、また秋篠寺(無指定)にも安置されている。
真言宗に於いて五大力菩薩に対する供養を仁王般若経からの仁王会は著名である、鎮護国家、国家護持を祈願して重要視された。
前述の尊挌は姚秦、鳩摩羅什訳とされる「仁王般若波羅蜜経」の旧訳の尊名であるが、不空(705774年)訳の新しい「仁王護国般若波羅蜜多経」の尊名は中尊・金剛波羅蜜多菩薩(不動明王)、東尊・金剛手菩薩(降三世明王)、南尊・金剛宝菩薩(軍荼利明王)、西尊・金剛利菩薩(大威徳明王)、北尊・金剛夜叉菩薩(金剛夜叉明王)である、因みに()内は関連の明王である、閑話休題、仁王般若経(鳩摩羅什訳・不空訳)は法華経、金光明経と共に護国三部経の一典である。

10、  リグ・ヴェーダ聖典(gveda)バラモン教に於ける神々を讃える賛歌を主体とする経典である、 Rgveda BC2000500年ころのインドに於ける最古の経典の一つで リグ・ベーダ、 サーマ・ベーダsāmaveda、 ヤジュル・ベーダyajurveda、 アタルヴァ・ベーダatharvedaがある、因みにベーダとは漢訳経典では明呪とか智識と訳されている。
リグとは讃歌を意味しベーダはバラモン聖典をさす、゙サンヒータ Samhiā
 讃歌 ・呪文 ・祭詞を集成した本集、 ブラーフマナ Brāhmanā サンヒータ補助部門。 

当初は口伝で伝承されたが文字の発達に伴い文書化された、また中国では「梨倶吠陀」と記述される。


五大明王を持つ寺院
(不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王の扁で重複させてあります) 
東 寺 木造漆箔 不動173,cm 降三世173,6cm 軍荼利201,5cm 大威徳100.9cm 金剛夜叉171,8cm 平安時代   
醍醐寺 木造彩色 不動86,3cm 降三世122,3cm 軍荼利125,8cm 大威徳80,3cm 金剛夜叉116,7cm 藤原時代   
大覚寺 木造彩色 不動50,9cm 降三世67,5cm 軍荼利69,3cm 大威徳58,1cm 金剛夜叉69,5cm 鎌倉時代  明円作 
不退寺 木造彩色 不動85,7cm 降三世154,7cm 軍荼利157,0cm 大威徳99,0cm 金剛夜叉150,5cm 平安時代   
●宝山寺(生駒市門前町1-1)木造彩色厨子入 不動17,2cm 降三世18,7cm 軍荼利17,5cm 大威徳11,5cm 金剛夜叉18,1cm 江戸時代(1701) 湛海作  
瑞巌寺(宮城県松島)木造彩色 不動64,1cm 降三世92,1cm 軍荼利89,7cm 大威徳67,7cm 金剛夜叉91,9cm 平安時代  
常福寺 寺院公式サイト(三重県上野市)   木造彩色 不動172,7cm 降三世178,8cm  軍荼利72,7cm  大威徳150,6cm  金剛夜叉177,7cm 平安時代    
●無動寺 比叡山東塔無動谷には2童子を従えた不動明王に降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王が揃う。  


絵画(五大尊像)
  
来振寺 絹本著色  不動 降三世 軍荼利 大威徳 鳥枢沙摩 五幅 各1400cm×880cm  平安時代  岐阜県大野町  
東 寺  絹本著色 掛幅装 153,0cm×128,8cm  不動 降三世 軍荼利 大威徳 金剛夜叉 平安時代  
醍醐寺 絹本著色 掛幅装 193,9cm×126,2cm  不動 降三世 軍荼利 大威徳 金剛夜叉 鎌倉時代  

●奈良国立博物館  1幅   
●観音寺(滋賀県) 4幅 不動明王欠落



最終加筆日200476日 1130日 2005128日  75日加筆 10215 2007年2月23日 629日尊格注6 2012222日 2013年6月14日・12月17日 2014年6月16日 2016年9月25日 2017年11月16日 2018年1月27日 7月28日 10月7日 2019年6月13日 2020年4月22日加筆 2021年12月2日 2022年3月26日 4月13日 4月26日 11月28日   

常福寺は寺院サイトです。

 

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