山号を
日本に於ける十一面観音の中で渡岸寺(向源寺)と共に最も人気の高い観音菩薩像である、聖林寺の十一面観音像は大神神社の神宮寺である
聖林寺の見どころは、人間に近い姿の尊像を好んだ和辻哲郎氏の古寺巡礼の一節を記すに尽きる。
「われわれは聖林寺十一面観音の前に立つとき、この像がわれわれの国土にあって幻視せられるものであることを直接に感じる。
その幻視は作者の貴稟と離し難いが、われわれはその貴稟にもある秘めやかな親しみを感じないではいられない」、さらに「神々しい威厳と、人間のものならぬ美しさとが現されているー人の心と運命とを見通す眼である」とまで言う。
観音菩薩と言えばj女性を連想する人が多いが、インドに於いては観音すなわち、アバローキテイーシュバラ(Avalokiteśvara)は男性の固有名詞であり、貴族・勇者を意味すると言われる、これが中国に於いてオリエントの母神信仰を受容した為に六世紀後半頃から髭が無くなり、ふくよかな女性を連想させる菩薩像に変化を見せ様になる、因みにヒンズー教に世界ではイーシュバラ (īśvara)は男性の最高神であり、女性の最高神はビシュヌ神(Vaiolava)である、聖林寺の十一面観音は正しく貴族・勇者の風格を備えた菩薩である。
しかし当寺は観音堂と言うにはRC造(鉄筋コンクリート)であるが質素な収蔵庫に安置され近年ガラスで覆われたが、和辻氏がこれを書いたのは大正時代で奈良国立博物館に寄託中であった、扉の開いた状態で拝観されたが同じ様な状態であり現在の展示状態を見たら如何様に書かれるであろうか。
聖林寺の十一面観音に魅せられた著名人は多いが、白洲正子の言う光背が失われている状態は淋しい、奈良国立博物館に光背の残闕部分が保管されている様である。
さる古刹の住職さんが雑談の中で、聖林寺の十一面観音像にはアネクドート(逸話、秘話・anecdote)があり、この観音像は神仏習合すなわち神道と密教を合体した三輪流神道の祈り方があると言われる、観音さまに対して祈りが三輪流から逸脱すると住職に祟りがあると言い伝えられていた為に引き受け先に苦慮したとも言われている、当時参拝に熱心で三輪流を知る当寺の住持の処に託されたと言う、因みに慶応四年に聖林寺より大三輪寺に預かり書が出されている。
ガラスの仕切りについて、同尊は乾漆像であり、現在の収蔵庫(観音堂)の内装や扉の構造では保存管理が難しくやむを得ないのではないか、また清水寺の元座主で大西良慶師(故人)の篇額がある。
現在に於ける聖林寺の本尊は本堂に安置されている江戸時代中期造像の子安延命地蔵菩薩である,三尊形式を採用しており
真言宗 室生寺派 所在地 奈良県桜井市大字下692 ℡ 0744-43-0005
聖林寺の文化財 〇印国宝
〇十一面観音 立像 木心乾漆 漆箔 209,1cm 天平彫刻として最も完成度が高い作品 天平時代
注1, 十一面観音と地蔵菩薩がペアーを組む寺があるが(室生寺金堂・長谷寺は混血像)古代太陽信仰に拘わりが在るとの指摘もある。小川光三氏の指摘で著書に大和路散歩・女人高野、室生寺等がある。注2、1月1日~3日弁財天・宝蔵天 開扉。
注2、奈良県には著名な十一面観音を安置する・海龍王寺 ・西大寺 ・法華寺 ・聖林寺 ・大安寺 ・法輪寺 ・長谷寺 ・室生寺の八寺が参加した大和路 秀麗 八十八面観音巡礼と題したホームページが作られている。
最終加筆日2004年9月25日 2010年4月28日補筆