千手観音は観音菩薩の中に於いて最高の観音力を持つ菩薩である、梵語名サハスラ・ブジャ(Sahasrabhuja)(ārya‐avalokiteśvara)千の手の意訳で漢訳の正式名称は「千手千眼観自在菩薩」と言う、因みにバラモン教(英語 )のリグベーダ (ṛgveda Rigveda)やヒンドゥー教の「バガヴァット ギーター(Śrīmadbhagavadgītā Brahmanism)等で現れるが仏教で千眼と言うタームは漢訳からの様である。
インドに於いてsahasrabhuja(サハスラ・ブジャ)は千の腕を持つ者の意味で本来はヒンズー教のシヴァ神(Śiva)やヴィシュヌ(Viṣṇu)の事である、またヴィシンヌは千の眼を意味する、要するにシヴァ神とヴィシュヌから千手を、インドラ(Indra)から千眼を借用している。*Indraの正式梵名はśakro devānām indraである。
観音菩薩の本願である慈悲に依るサルベージ(salvage)の偉大さから大悲観音・救済のパワーから「蓮華王」等とも呼ばれる,サハスラ・ブジャはシヴァ(Śiva)と同名でありヒンドゥー教(Hindu)から取り入れられた様であり功徳や陀羅尼に於ける共通項は多い、シヴァ(Śiva)と同尊とも妃のドウルガー(durgā ヒンヅーdava 族の女神)が源流とも言われる、因みにSahasrabhujaとは「千の手」を意味する、但しヒンズー教の影響を色濃く受けている変化観音の代表的千手観音であるが、インドには作例は見られないと佐久間瑠理子氏(初期密教、春秋社)達の研究者は言う、千手観音の興隆は佛教文化の
千手観音は観音菩薩の変化した菩薩として・十一面観音・不空羂索観音に次いで顕れた、千の慈手と慈眼で衆生を救い十一面観音を大きく上回るパワーを持ち、病苦・煩悩を含む総ての現世利益を適え、かつ救済能力を所持するスーパースター即ち蓮華王とも呼ばれており妙法院傘下の三十三間堂の寺名(蓮華王院)の由来となっている,また中国では盛んに造像された、敦煌などには強大な慈悲からの信仰が広がり大悲観音を中尊として眷族を従えた大悲変相図が存在している。
日本に於いては雑密時代から造像されており、東大寺に於いては天平時代に千手堂が建立され、同じく現在は存在しない講堂も千手観音が安置されていた。
蓮華は泥水の中から発生し清らかな香りと美しい色彩の花を咲かせる、インドの古代信仰に於いてはヴィシンヌ(Viṣṇu)
多面多臂は尊格が持つパワー、特徴を著すヒンズー教の手法である、影響を受けているのは十一面観音と同様であるがインドに於いて実在する千手観音像は観られない、ちなみに十一面観音像も一尊見られるのみである、中国に於いては宋時代頃から篤く信仰され、現在に於いても四川省大悲閣・山西省双林寺などに多く存在して信仰されている、因みに北京近郊(河北省正定県)に「隆興寺(大佛寺)」と言う隋時代創建の古刹があり本尊の千手観音は合掌する真手が銅像(他は木造)で七丈三尺(21.3m)の大仏である、参考までに東大寺の盧舎那仏は14、868mである。
仏像としての千手観音は観られないが、源はインドにある事には異論の余地は観られない、バラモンの聖典・リグベーダ(Ṛg-veda)
総ての衆生にサルベージを与えるとされる千手観音に千の足を持つ奇異な尊像がある、台密の図像集「
日本に於いては天平時代から信仰され始め平安時代頃から広く浸透するが、白鳳時代にも興福寺の玄昉
中国・朝鮮では早くから信仰されており龍門石窟等にも見る事が出来る、日本では平安時代後期には十一面観音から信仰の首座を奪う勢いを見せた。
要するに仏教圏内に於いて最も広範囲に信仰されたのが観音菩薩であり、一部は土着信仰と融合して多様な形態及び信仰を生み出したと言える。
日本最古の観音霊場・西国三十三所(注7)では14ヶ寺が本尊として信仰を集めており2位の十一面観音の6ヶ寺を遥かに超えている、他の霊場に於いても多数を占める、但しガンジス川の砂の数程の菩薩が集まるとされる法華経には観音霊場の本尊を努める千手観音と十一面観音が登場することは無い、これはインドに於いて千手観音像と十一面観音像は観られない事と無関係とは言えない。
千手観音の眷属として二十八部衆(注1)が守護(
千手観音の頭部は後に述べる27面や24面などもあるが、多くは十一面観音と同じで真面に10面の化仏すなわち菩薩面が3・瞋怒面3、憤怒面3、大笑面1である。
千の臂は無限を意味し全ての手に眼がつけられている、手には合掌する真手に40の脇手を持ち印相の他に38の持物すなわち戟鉾・日輪・化佛・宝珠・輪宝・水瓶・羂索・宝鏡・錫杖・宝弓・宝剣、数珠等を持ち慈悲を示している、千の眼は衆生を導きかつ円満を現している、因みに40の脇手には25の世界がある、これを「三界25有」(注3)と言う、千手観音を念ずる印章は聖観音にもある *八葉印、 災いを除去する *千手根本印がある、因みに真手の結ぶ印相は千手観音の住む楼閣を示す”
千手観音の三眼であるがヒンヅー教に於ける三神一体 (トリムルティ・Trimurti)の一尊であるシヴァ)の代表的な特徴であり同一視する説もある。
形姿としては仏像・心とかたち(NHKブックス)に拠れば「千光眼観自在菩薩秘密法経」即ち千光眼経に十一面が説かれており、「摂無碍経」には500面が説かれ千面も考えられたとされる、日本に於いては十一面・四十二臂が多いが、「大日経」を典拠とする胎蔵界曼荼羅の蓮華部院に於いて11面を持ち最高位に位置している曼荼羅もあるが虚空蔵院の北端の千手観音は27面である、彫刻としては法性寺の27面・42臂の像や清水寺奥の院の本尊(27面・注4)があり十一面が総てでは無い、臂(手)に付いては千の臂を持つ”真数千手”に・葛井寺(大阪・1042臂)や・唐招提寺(現在は953臂) ・京田辺市の壽寶寺
代表作としては広隆寺や蓮華王院の像が挙げられる、ちなみに唐招提寺の953臂の内訳は42の大脇臂すなわち合掌する真手と40の深秘密手と911の小脇臂で構成されている、希少ではあるが中尊寺の場合は合計が32臂で2臂を頭上に置き化佛を掲げる「清水式」である、また36臂で後ろの左右半円の光背板に数百臂が彫られている例もある、持物も多様で。 注6参照
スタンダード四十二臂の代表画に東京国立博物館の千手観音がり、立像で功徳天と婆藪仙を従えている。
27顔の千手観音は真顔と阿弥陀如来の頭頂に輪廻する25の世界を救済する顔である、これを三界二十五有と言い欲界14有・色界7有・無色界4有に分類される。
しかしインドの尊像に於いて多臂像は多いが二臂が多数で四臂・六臂・十二臂の順にあるが臂十二が最高で日本の不空索観音が通常用いられる八臂や十臂は極めて稀である、例外的にクリーブランド美術館所蔵でカシミールで出土した十一面六臂観音やリンチェン サンポ(Rin chen
bzang po)様式のマンギュ寺院には十一面二十二臂観音がある、閑話休題、変形観音菩薩が正妙寺に十一面十一足の菩薩が安置されている。(滋賀県長浜市高月町西野2025-1)
また大安寺の伝馬頭観音は千手観音として文化財登録されているが六臂で頭部は菩薩形(十一面ではない)であり、少なくとも信仰上は馬頭観音の呼称が相応しく考えられる。
馬頭観音は文化財指定尊像を見るかぎり6~8臂が多く大安寺の観音像は6臂であり千手観音の6~8臂は他(手の破損像は除く)には見られない、10臂像は京都・雨宝院(注5) 211,5cm 11面 平安時代がある、また千手観音の文化財指定は蓮華王院の1001尊を初めとして1107件を超える尊像の内で、11面でない像は、京都法性寺、広隆寺(単面12~14臂)・縁城寺(注5)、滋賀県・日吉神社(単面)・善勝寺(滋賀県栗東町御園475)の三面を含めて5~6尊程度である、持物は多臂なために化仏・金輪・蓮華・宝鐸・宝剣・宝弓・金剛杵・数珠等々多様である。
中国には二十四臂の千手観音が著名である、西太皇(1835年11月29日~1908年11月15日)が国の財政を尽くして完成した場所にある、北京の
絵画の代表作は東京国立博物館の国宝・千手観音像であろう、四十二臂はを描いたパースペクテヴ(perspective)
千手観音は修験道との関連も深い、熊野三山には熊野十二権現があり、第一殿には飛瀧権現の本地仏として・千手観音があり、次第二殿以下に・薬師如来・阿弥陀如来・十一面観音・地蔵菩薩など諸尊が祀られる。
千手観音の秘法とされる恋愛成就の呪法で著名な「千手敬愛法」がある、おしどり(鴛鴦)に於ける雄雌の羽根に姓名を書き込んでの祈願で知られている。
元来、十一面観音の発展形である十一面を持つ観音が多い事から寺院に拝観に訪れると、多くは「十一面千手千眼観音」と案内があり勘違いする拝観者を見受けるが「千手観音菩薩」で文化財登録されている、特異な例をあげると前述の27面千手観音は・法性寺の国宝像・清水寺の重文像(注4関連)がある、大安寺の重文像・単面像(伝馬頭観音)、福岡県千手観音保存協会等があり十一面観音菩薩と峻別する必要がある。
因みに法性寺の千手観音像の仕様は立像、桜一木造、古色 飜波式衣文 109.7cm 藤原時代である。
海外で著名な千手観音はベトナムに観られる、*べトナム国立美術博物館
真言 オン バサラ ダラマ キリク
・ 主な千手観音像 表内は国宝
●印国指定重文 網掛は公式サイト
寺 名 |
仕 様 |
時 代 |
立像 木心乾漆 漆箔 535,7cm |
平安時代 |
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坐像 木造 漆箔 玉眼 334,8cm 湛慶作 |
鎌倉時代 |
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脱活乾漆漆箔 坐像 最古の千手観音 131,3cm |
天平時代 |
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木造漆箔 立像 慶派の作 520,5 cm |
鎌倉時代 |
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広隆寺 (霊宝舘) |
木造古色 立像 266,0 cm |
平安時代 |
木造漆箔 立像 三尊 294,2cm 44臂 脇侍菩薩、伝日光242.1cm、 伝月光241.7cm |
藤原時代 |
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立像 木造古色 109,7cm 仏像愛好者必見の菩薩 27面 |
藤原時代 |
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木造 立像 千尊 慶派(湛慶他)・院派(院継他)・円派(康円他)など各派の佛師の競作 |
平安、鎌倉時代 |
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絹本著色 掛幅装 138,2×69.1cm 功徳天、婆藪仙を従える |
平安時代 |
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粉河寺 |
粉河寺縁起 紙本著色 巻子装 30.6:1959 |
鎌倉時代 |
道成寺 和歌山県日高郡川辺町鐘巻1738 ℡ 0738子装 -22-0543 粉河寺 〒649-6531 和歌山県紀の川市粉河2787 TEL:0736-73-4830・3255
●仲源寺 木造 漆箔 251.5㎝ 平安時代 南座の東、祇園に近い四条通の繁華街にあるが、「めやみ地蔵」が著名で千手観音は馴染が薄いが仲源寺の本尊である、唐破風の門をはいると西側の薄汚れたウインドウに安置されている。 京都市東山区四条通大和大路東入 (眼疾地蔵・雨止み地蔵)
●奈良国立博物館 絹本著色 掛幅装 93.3×39.5cm 平安時代
●大安寺 立像 木造彩色 173,5cm 天平時代 (寺伝は馬頭観音)
●法隆寺 地蔵堂 立像 木造彩色 173,6cm 藤原時代 西南院 木造漆箔 134,8cm 平安時代
●東大寺(四月堂・三昧堂)立像 木造彩色 266,5cm 藤原時代
●新薬師寺 立像 木造彩色 藤原時代
●広隆寺(霊宝舘)坐像 木造漆箔 256,0cm 藤原時代
●雨宝院(京都市) 立像 木造 211,5cm 平安時代 10臂 上京区智恵光院上立売西入る聖天町9-3
●慈恩寺(岐阜) 坐像 木造 103,3cm 藤原時代
●大報恩寺 立像 木造彩色 165,9cm 藤原時代
●東寺 立像 木造漆箔 584,6cm 平安時代
●金戒光明寺 木造 161.8㎝ 平安時代 (京都市左京区黒谷町)
●乙津寺(岐阜・鏡島弘法)木造漆箔 109,4cm 藤原時代
●寿宝寺 立像 榧一木造 169,1cm 藤原時代 真手(四臂)のほか大脇手小脇手合計で数百手で構成 (京田辺市三山木塔ノ島20)
●四天王寺 木造 12,5cm 藤原時代
●
●延暦寺 立像 木造彩色 51,2cm 平安時代
●園城寺 立像 木造 180.3cm 藤原時代 廃寺となった園城寺別院、如意寺の本尊
●東光寺(大津市仰木町5928) 木造彩色 109.7cm 藤原時代
●常楽寺(甲賀郡水口町京町1-30) 木造素地 63.1cm 南北朝時代
●大岡寺(大津市仰木町) 木造彩色116.0cm 鎌倉時代
●会勝寺(蒲生郡安土町下豊浦6220) 木造彩色 109.7cm 藤原時代
●檜尾寺(甲賀郡甲南町池田43) 木造漆箔 178.5cm 鎌倉時代
●峰定寺 坐像 木造 切金文様 31.5cm 藤原時代 創建時の本尊 壇像彫刻の典型 (京都市左京区花脊原地町772
●月輪寺 木造彩色 168.5cm 藤原時代
●中尊寺 木造彩色 32臂 174.2cm 平安時代 清水式観音
●千手院(滋賀・東浅井)木造 178.8cm 藤原時代
●羽賀寺(福井羽賀) 立像 木造彩色 135,4cm 藤原時代
●妙楽寺(小浜市野代28-13) 立像 木造 漆箔 176.3cm 平安時代 「三面千手観音」と呼ばれ顔の両側に大きな脇面と頭上面に24面を持つ、また「真数千手」とも言い実際に千の臂を持つ。
●宝寿寺(京都) 立像 木造 169,1cm 平安時代
●普門寺 木造 古色金箔が残る 116、5cm 平安時代 神護寺所蔵を応仁の乱で避難 明王山 天台宗 (赤穂市尾崎825-2)
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●補陀洛山寺(和歌山) 立像 木造彩色 172,0cm 平安時代
●大悲願寺 木造漆箔 阿弥陀如来 89,4cm 脇持、千手観音54,8cm, 勢至菩薩60,6cm 鎌倉時代 東京都あきる野市横沢
134
●善勝寺 木造古色 175.0cm 藤原時代 三面 滋賀県栗東町御園475
●長命寺 木造素地 91.8cm 藤原時代 切金文様 滋賀県近江長岡市長命寺町157
●縁城寺 木造古色 152.4cm 藤原時代 一面 京都府京丹後市峰山町橋木873 秘仏
●輪王寺 木造古色 535.0cm 藤原時代 栃木県日光市山内2300 桂材寄木造
●寺山 観音寺 木造素地 千手(榧)101.6㎝ 不動(鉈彫り)114.3㎝ 毘沙門天(鉈彫り)1119.5㎝ 鎌倉時代 (栃木県矢板市永井1875)
●清水寺 奥の院 秘仏 27面
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●龍峰寺 木造漆箔 彩色玉眼 169.7cm 鎌倉時代 二臂を頭上で組む姿は清水寺奥院本尊像と共通で、清水寺形千手観音とも言う。
●温泉寺 木造 古色 144.7cm 藤原時代 (兵庫県豊岡市城崎町湯島985-2) 。
●正法寺 三面千手観音 立像 181.9cm 鎌倉時代 真言宗東寺派別格本山 当時伝来の菩薩ではなく京都府南丹市園部町の鴫尾山九品寺から移設された。
●達磨寺 坐像 (滋賀県王寺町本町) 臨済宗
●壽宝寺 立像 真言宗 (京都府京田辺市三山木塔ノ島廿番地)
●桧尾寺 立像 天台宗和歌山県 (ひのおじ) (滋賀県甲南町池田43)
●屋島寺 坐像 真言宗 (香川県高松市屋島東町1808)
●慈恩寺 坐像 木造 古色 103.3cm 両脇手で阿弥陀を捧げ持つ清水寺様 (岐阜市溝口340) 西山浄土宗
●雲辺寺 坐像 木造 103.3㎝ 四国霊場六十六番札所で四国霊場最高地921m (徳島県三好市池田町白地ノロウチ763-1) 御室派
●補陀落山寺 三貌千手 木造 一木造、172.0cm
平安時代
●大蔵寺 木造漆箔 398.4㎝ 平安時代 (福島市小倉寺拾石7)
●普門寺(兵庫県)木像 古色 116.5cm 平安時代 京都、神護寺より応仁の乱から避難
●願成寺 木造 素地 182.7㎝ 鎌倉時代 (和歌山県海南市大字別所223)
●摩訶耶寺 木造 彩色 151.5㎝ 江戸時代 浜松市北区三ヶ日町摩訶耶421
●千如寺 大悲王院(糸島郡前原町大字雷山626) 463.6㎝ 立像 室町時代
●竹林寺 坐像 木造 古色 88.5㎝ 鎌倉時代 (香川県高知市五台山3577番地) 高知県唯一の千手観音菩薩
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●東長寺(護摩堂) 木造古色 82.1cm 藤原時代 (福岡県福岡市博多区御供所町2-4)
●無量寺(千手観音保存会) 木造古色 211.0cm 藤原時代 (福岡県久留米市本町83)
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脇持を従た千手観音 (天台系寺院独自な形式とされる)
○道成寺 木造 日光菩薩立像 241,5cm 千手観音立像 294,2cm 月光菩薩立像 242,4cm
注、 千手観音は橡の一木造 日光菩薩・月光菩薩は檜であり当初からの三尊形式かは疑わしい。
●三尾寺(岡山) 木造 毘沙門天立像 138,4cm 千手観音坐像 129,2cm 不動明王立像 128,6cm 鎌倉時代
●観音寺(栃木) 木造 毘沙門天立像 119,5cm 千手観音坐像 101,6cm 不動明王立像 114,3cm 鎌倉時代
●明王院(滋賀) 木造 毘沙門天立像 103,0cm 千手観音坐像 99,5cm 不動明王立像 93,3cm 平安時代
●河合寺(大阪) 木造 毘沙門天立像 105,4cm 千手観音立像 104,0cm 不動明王立像 98,9cm 平安時代
●谷田寺(福井) 木造 毘沙門天立像 134,5cm 千手観音立像 169,0cm 不動明王立像 133,4cm 鎌倉時代 福井県小浜市谷田部24−4
●正明寺(滋賀) 木造 毘沙門天立像 69,2cm 千手観音立像 119,8cm 不動明王立像 64,0cm 室町時代
●観音寺(鳥取県東伯郡大栄町東高尾) 189㎝ 立像 平安時代
●寺山 観音寺 木造素地 毘沙門天(鉈彫り)1119.5㎝ 千手観音(榧)101.6㎝ 不動明王(鉈彫り)114.3㎝ 鎌倉時代 (栃木県矢板市永井1875)
●観音寺(栃木) 木造 毘沙門天立像 119,5cm 千手観音坐像 101,6cm 不動明王立像 114,3cm 鎌倉時代
●覚音寺(長野県大町市八坂1625) 木造檜寄木造 持国天立像 161.5cm 千手観音坐像 168.2cm 多聞天立像 157.6cm 藤原時代
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注1、 二十八部衆は蓮華王院が著名で他に、常楽寺 ●木造彩色 玉眼 76,6cm~100,5cm 鎌倉時代 (風神・雷神含む)、画像では相国寺の塔頭である慈照院に二十八部衆像2幅がある、また指定はないが著名寺院で西国三十三所・三札所の粉河寺や清水寺にも本堂と奥の院に蓮華王院をモデルにしたとされる二十八部衆・風神・雷神像がある。 常楽寺 滋賀県甲賀郡石部町西寺 ℡ 0748-77-3089 FAX 0748-77-2550 完全予約制
注2、千手観音は六観音の一尊で、六観音とは中国で生まれたもので天台智顗が「摩訶止観」に著した六道すなわち六観音システムで中国では ・大悲観音(千手観音)・大慈観音・獅子無畏観音・大光普照観音・天人丈夫観音・大梵深遠観音に説かれるが日本では馴染みのある観音菩薩に置きかえられた。
中国の制度を真言宗小野流の祖で随心院を開いた・仁海(951年~1046年)が変化させて取り入れた制度である、これを密教宗派が観音信仰に変化させて取り入れたシステムで以下の様になる。
真言系では・聖観音菩薩 ・十一面観音菩薩 ・千手観音菩薩 ・如意輪観音菩薩 ・馬頭観音菩薩 ・准胝観音菩薩を言い、天台系や真言宗・広沢派に於いて准胝観音を仏(仏母)に分類して代わりに不空羂索観音が入る。
日本に現存する六観音像としては大報恩寺に肥後の別当・定慶作の六観音像が揃う。
注3、四十二臂で千手とするのは無限の意味もあるが、一臂に25の世界・サルベージを持つとされる事から、合掌する真手を除外して40臂×25=1000臂の計算になり指先に夫々眼を持つ、中国に於いて作られたと考えられる「千手大悲心陀羅尼経」には持物や「三界二十五有」が説かれている、即ち衆生の住処には欲界に14有・色界に7有・無色界に4有が有ると言い合計で25有になる、三界とは欲界・色界・無色界を言う、また千手大悲心陀羅尼経(大悲咒)は禅宗系に於いて多く詠まれている、臂が多いだけ持物も多い、主な持物を挙げると・日精摩尼・月精摩尼・化佛・宝蝶・宮殿・金輪・五色雲・蓮華・宝鐸・玉環・宝剣・宝弓・錫杖・宝鏡・宝珠・宝篋・宝経・宝印・数珠 等である。
稀有な例として千手千足観音が滋賀県の正妙寺に安置されている、三井寺の秘蔵本尊が千頭五千眼千手千足観音と呼ばれており関連があるのかも知れない。
注4、清水寺奥の院の千手観音菩薩(本尊・前佛共)は三面千手観音とも言い本面と同サイズの左右面頭部に24面を持ち合計で27面である。
注5、 雨宝院 京都市上京区恵光院通上立売上ル聖天町 雨宝院の千手観音は十臂であるが造像当初は多臂であった、但し現在の脇八臂は真臂と同じサイズであり四十臂には届かぬと考えられる。
縁城寺 一面 木造 152,4cm 秘仏 藤原時代 京都府中郡峰山町丹波橋木。
革堂 木造 2400、00cm 秘仏 毎年1月17~18日初観音に開扉 京都市中京区寺町通竹屋町上る行願寺門前町 。
注6、 千手観音は通常は42臂に著される、内訳は真手が合掌し、二手は阿弥陀如来の定印を結び残りは持物を持つ所謂三昧耶形をとる、即ち真手を除く40臂は夫々25の世界をサルベージする事により千臂となり「千手大悲心陀羅尼経」には功徳や持物が記述されている、因みに25の世界とは「三界二十五有」すなわち・欲界14有 ・色界7有 ・無色界4有と言い輪廻する六道総てを言う。
西国三十三所の第四番札所・施福寺の千手観音は36臂で後ろの左右半円の光背板に実数は定かではないが数百臂が彫られている、木造 漆箔 43,4cm 鎌倉時代。 大阪府和泉市栃尾山町。
注7、西国三十三所に於ける各寺院の本尊は・千手千眼観音14尊 ・十一面観音6尊 ・如意輪観音6尊 ・聖観音4尊 ・不空羂索観音 ・准胝観音 ・馬頭観音 各1尊となり、いわゆる六観音が総てに網羅されている、但し本尊が複数の寺の内で2番・金剛宝寺・2尊 31番・長命寺・3尊が本尊であるが一尊にカウントした、全て数えれば・千手千眼観音16尊 ・十一面観音7尊となる。
注8、日本に於ける木造最大の千手観音像は静岡県焼津市の大覚寺全殊院に安置されている,大仏師渡邊勢山氏作の一丈八尺の大仏で、木造 像高4.20 m 総高は天蓋まで8.00mあり三十三間堂の中尊(334,8cm)を上回る、因みに唐招提寺の像は535,7cmであるが立像で木心乾漆であり、全殊院の千手観音は坐像である。
注9、 三界には欲界・色界・無色界がある、最上位に色究竟色とは肉体、物体及び物質を言い、欲界は地獄界、餓鬼界、畜生界、人界、六欲天までの五界を言う、色究竟は色界の最高位にあり欲望を降伏して清浄な世界を言うが情欲と色欲は残る、因みに無色界は更に上の覚り無の世界を表す、三界超えた上に佛界があり密教の仏達が住んでいる。
注10、千手観音の四十二臂の内訳は以下の様になる。
合掌印 施無畏手 化宮殿手 鉞斧手 玉環手 甘露手 日精摩尼手 月精摩尼手 五色雲 手 頂上化仏手 化仏手 宝印手 如意宝珠手 宝篋手
宝経手 数珠手 不退転宝輪手 宝剣手 金剛杵手 跋折羅手 宝鐸手 宝戟手 倶尸鉄鈎手 宝瓶手 軍持手 宝弓手 宝箭手 錫杖手 髑髏宝杖手 羂索手 宝鉢手 宝鏡手 傍牌手 宝螺手 白払手 白蓮華手 紫蓮華手 青蓮華手 紅蓮華手 楊枝手 葡萄手
1 2 3 4 5 tvより転写
(!)渡邊勢山氏と製作中の千手観音 (2) 乙津寺(重文) (3) 大覚寺全殊院 渡邊勢山作 (4) 慈恩寺(重文・岐阜市)
(八王子の観栖寺に納まる千手観音菩薩)
最終加筆日 2004年6月27日 2005年3月16日12月20日注3、他 2007年4月27日一部 2009年1月12日注4一分 2009年3月20日注7 7月13日持物等 2011年2月4日 2012年6月21日隆興寺21,3m大仏 8月25日三界 2013年5月7日恵隆寺 持物注312月4日 12月15日ヒンズー教義加筆 2014年1月1日慈恩寺写真 3月26日持物 4月13日40×25=1000手 5月31日内面の特徴、尊像はインドに存在しない加筆 2015年3月11日真数千手他 2016年4月22日 2017年4月11日 6月8日 12月29日 2019年1月24日 2020年1月8日 2020年4月30日 2021年2月27日 7月14日 2022年4月6日 4月28日 6月7日加筆