三尊形式と其の他の如来

                                 説明: C:\Users\Owner\katada202\kyoto\button1.gif               如来    菩薩     明王   天部    仏像案内    寺院案内

 

寺院に祀られている仏像には宗派や安置される場所により多くの形式がある、阿弥陀如来を独尊で拝する真宗連合の様な例外はあるが、主に本尊として大乗仏教の特徴である*三尊像、や法華経を依経とした*二仏並坐像、過去、現在、未来を著した *三世仏(・荘厳(しょうごん)(こう)賢劫(けんごう)星宿(せいしゅく)劫)、本尊を四方から守護する *四天王、輪廻を回る *六地蔵や、*六観音密教尊で曼荼羅等々に登場する*五智如来や、*五大明王、三門で睨みを利かす*金剛力士(仁王尊)、その他護法尊として*八部衆*十二神将*仏の三身(さんじん)trikaya)(「法身・報身・応身」)、などが挙げられる、但し個々の宗派に所属する以前からの本尊を持つ寺がある等、厳密に決められている訳ではない。 

主な三尊形式

脇    尊  

中     尊  

脇   尊  

備        考 

普 賢 菩 薩 

釈 迦 如 来 

文 殊 菩 薩

釈迦三尊の一般  脇侍の左右逆の場合も稀に存在願興寺)   

阿  難  陀 

釈 迦 如 来 

大 迦 葉 

禅宗寺院・東福寺建仁寺満福寺・相国寺等  中国に多い 釈迦如来は定印   

普賢菩薩  阿難陀 

釈 迦 如 来 

大迦葉 文殊菩薩 

 禅宗寺院  上記を重複した配置、 東運寺(京都) 脇侍四尊に中尊に廬舎那仏(越前大仏)  

薬 上 菩 薩 

釈 迦 如 来 

薬 王 菩 薩  

法隆寺金堂 興福寺仮金堂 

帝  釈  天  

釈 迦 如 来 

梵   天  

造像初期ガンダ‐ラ、カニシカ王の舎利容器(バラモンに対して優位性を示している)

毘倶胝観音(ブリクテー) 

釈 迦 如 来 

多 羅 菩 薩  

毘倶胝(びくち)(観音の眉間の皺から生まれた(中尊が観音菩薩も(エローラ窟等) 

観 音 菩 薩 

釈 迦 如 来 

虚 空 蔵 菩 薩  

    

阿  難  陀 

釈 迦 如 来 

弥 勒 菩 薩 

無量寿経の世界 東本願寺大師堂(御影堂)    

文 殊 菩 薩 

釈 迦 如 来 

弥 勒 菩 薩 

創建時の醍醐寺金堂(現在の本尊は薬師三尊) 

阿 弥 陀 如 来 

釈 迦 如 来 

弥 勒 如 来

泉湧寺仏殿(京都)伝運慶作   淨智寺(鎌倉)など   過去、現在、未来の三世仏   

弥 勒 菩 薩

釈 迦 如 来

観 音 菩 薩  

主に東インド地方     

金剛手菩薩

釈 迦 如 来

蓮華手菩薩

アジャンター石窟

 

 

 

 

不 動 明 王  

大  日 如  来 

降 三 世 明 王 

金剛峰寺・金剛寺(大阪)  

尊 勝 佛 頂  (注8) 

大  日 如  来 

金 剛 薩 埵   

根来寺 大伝法堂  

降三世明王    

大  日 如  来    

金 剛 薩 埵   

金剛界     

不 動 明 王 

大  日 如  来  

般若菩薩

胎蔵界

聖徳太子

大  日 如  来 

虚空蔵菩薩

成田山新勝寺裏仏 

 

 

 

 

虚 空 蔵 菩 薩 

毘 盧 遮 那 佛 

観 音 菩 薩 

創建時の東大寺  

虚 空 蔵 菩 薩 

毘 盧 遮 那 佛  

如 意 輪 観 音 

現在の東大寺  

千 手 観 音    

毘 盧 遮 那 佛  

薬 師 如 来 

唐招提寺  三尊形式を意識していない

弥 勒 菩 薩  

毘 盧 遮 那 佛

十 一 面 観 音 

   

阿難陀  普賢菩薩

毘 盧 遮 那 佛

文殊菩薩  大迦葉

 脇侍四尊 (越前大仏)

 観 音 菩 薩

毘盧遮那佛 大日如来

 金 剛 手 菩 薩

 胎蔵界曼荼羅  インドネシア・チャンデイ、ムンドウトの三尊  

       

      

     

     

月 光 菩 薩   

薬  師  如  来 

日 光 菩 薩 

十二神将が守護  

     

     

     

     

勢 至 菩 薩 

阿 弥 陀 如 来 

観 音 菩 薩 

阿弥陀三尊の多く 観無量寿経が典拠 浄土宗の本尊 来迎印(慰安印・力端印)

観 音 菩 薩

阿 弥 陀 如 来

勢 至 菩 薩

浄土寺、聖衆来迎寺、唐招提寺等の場合 立像逆手来迎印(さかてらいごういん)仁和寺金堂  注7参照

僧形八幡神

阿 弥 陀 如 来

毘 沙 門 天 

融通念仏宗 

勢 至 菩 薩 

阿 弥 陀 如 来 

千 手 観 音 

大悲願寺(東京都あきる野市横沢)中尊89.4cm 脇持に千手観音54.8cm ,勢至菩薩60.6cm 

地 蔵 菩 薩 

阿 弥 陀 如 来 

如 意 輪 観 音 

例は少ない 

観 音 菩 薩  

阿 弥 陀 如 来 

金 剛 手 菩 薩  

観自在最勝心明王経第二品 

十 一 面 観 音

阿 弥 陀 如 来 

勢 至 菩 薩

陀羅尼集経二  

       備考参照 

阿 弥 陀 如 来 

 備考参照(成身会中央上)

 天台等では金剛界曼荼羅成身会の四親近菩薩を従える事がある・金剛法・金剛利・金剛因・金剛語。 

弥 勒 菩 薩 

阿 弥 陀 如 来 

観 音 菩 薩 

韓国など   

  

阿 弥 陀 如 来

  

 真宗、浄土真宗では脇侍を置かない(独尊)。  

 釈迦如来

南妙法蓮華経 お題目 

多宝如来 

 日蓮尊定十界曼荼羅   法華経第十一章 見宝塔品  二仏並坐像   妙成寺(石川県羽咋市)   

 弥 勒 菩 薩 

 阿 閦 如 来 

 観 音 菩 薩 

 インド、パーラセーナ王朝時代 八世紀頃 パートナーpartner博物館   

  

  

  

  

帝  釈  天 

観 音  菩 薩 

梵     天 

東寺  瀧山寺(愛知県岡崎市滝町山籠107。運慶合作) 

毘 沙 門 天 

観 音  菩 薩 

不 動 明 王 

天台系 横川 正覚院 

   

   

   

   

毘 沙 門 天 

十 一 面 観 音 

不 動 明 王 

十一面観音の項参照  ・牛伏寺(長野) ・志度寺(香川) ・伊勢廻寺(滋賀) 等 

地 蔵  菩 薩 

十 一 面 観 音 

不 動 明 王 

福島県・弘安寺 

地 蔵  菩 薩    

十 一 面 観 音   

毘 沙 門 天   

清水寺本尊   勝軍地蔵菩薩  勝敵毘沙門天

   

   

   

   

毘 沙 門 天 

千  手  観  音 

不 動 明 王 

千手観音の項参照    ・道成寺・三尾寺(岡山)・観音寺(栃木)明王院(滋賀)・河合寺(大阪)・谷田寺(福井)・正明寺(滋賀)

日 光 菩 薩 

千  手  観  音 

月 光 菩 薩 

道成寺 294,2cm 44臂 脇侍菩薩、伝日光242.1cm、 伝月光241.7cm 

 

 

 

  

 (しょう)(あく)童子

 

(しょう)(ぜん)童子 

 延命地蔵菩薩経 

 

 

 

  

大 妙 相 菩 薩 

弥  勒  如  来 

法苑林菩薩(ほうおんりん)

五重塔の内部 薬師寺(講堂)2003年より弥勒三尊を呼称

釈迦の菩薩形  

弥  勒  菩  薩  

地 蔵 菩 薩  

臨川寺(天龍寺派) 中京区寺町通御池上る上本能寺前町488  

 

 

 

 

 マニダラ

 六字観音菩薩

 六字大明

 サールナート考古博物館 

   

   

   

   

迦童子(せいたかどうじ) 

不 動 明 王 

矜羯羅童子(こんがらどうじ) 

八大童子の内二童子 (延暦寺などに逆配置がある)

   

   

   

   

吉 祥 天 

毘 沙 門 天 

善膩師童子 

雪蹊寺(高知県高知市長浜857-3)   清雲寺福井県大飯郡おおい町大島)   鞍馬寺

毘 沙 門 天 

大 随 求 菩 薩 

吉 祥 天 

京都・高台寺 

愛染明王   

如意輪観音     

不動明王     

観心寺大阪府河内長野市寺)    

帝釈天 

不空羂索観音菩薩 

 梵天

 東大寺法華堂 

  

  

  

  

騎獅子 文 殊 菩 薩

金輪佛頂大日の変形 

騎象普 賢 菩 薩 

 陀羅尼集経  

 吽 形  

  金剛力士(仁王尊)   

 阿 形  

 右図の様に通常は阿形が左であるが、東大寺(南大門・三月堂)と善光寺(高村光雲作)は逆配置   


 仏像配置  日本に多い仏像の配置を挙げると、*二仏並坐像(にぶつへいざぞう)(多宝如来・釈迦如来) *三世仏(過去仏・現在仏・未来仏) *三尊像(下述) *仁王像金剛力士 *四天王、*羯磨曼荼羅、等が挙げられる、因みに過去仏は過去七仏の六番目、迦葉仏が多く、七番目の釈迦如来を加える場合もある、現在仏は釈迦如来、若しくは阿弥陀如来、未来仏は弥勒如来となる。

三尊形式 三尊形式とは如来像を中尊として中央に置き菩薩像を脇侍(きょうじ)(随侍)として安置される三身一体(さんじんいったい)像は大乗仏教特有の配置であり大勢を占めている、三尊は仏の智慧と慈悲の働き即ち「抜苦予楽(ばっくよらく)」にある、因みに如来の脇侍を務める菩薩達は如来の地位へのパスポートと言える一生補処(いっしょうふしょ)eka-jāti-pratibaddha)の位置に居ると言える、古い例として最初の仏像造像処とされる、ガンダーラgandāraに四十例程が観られ、脇侍には観音菩薩と弥勒菩薩が多いようである。
脇侍達の役割と言えば救済活動の行使は本尊(如来)と言うよりも・脇侍・眷属・童子などであり救済に向かう実働部隊であり必要にして不可欠な存在と言える。
胎蔵界曼荼羅の源流とも言われる、ガンダーラやマトウーラに於いて見る事が出来る、カニシカ王の舎利容器には薔薇門に対する優位を顕す為に釈迦如来が帝釈天梵天を従えて彫られている、また脇侍に釈迦の成道以前の菩薩像と弥勒菩薩の組み合わせや、チベット等に於いては十大弟子の上足である舎利弗と目犍連が脇侍を務める、日本に於いては日本独自の配置と考えても過言ではない、顕教でも禅宗系では阿難と大迦葉が脇侍である、仏教は三宝を敬う、これをシンボライズしたのが三宝尊と言える。 

文殊菩薩普賢菩薩が釈迦如来の脇侍であり通例化しているが敦煌壁画に見られる程度で種々な経典を基にして仏像を安置する形式として三尊を安置する例が多いが、主尊と脇侍の関係に於いて比較的多く採用されている形式をあげた。

日本に三尊像が多く存在する理由として、源流は道教のヒエラルキーHierarchie・階層)の頂点、すなわち最高神である(さん)(せい)にあるかも知れない、即ち元始天(げんしてん)(そん)を中心に霊宝(れいほう)天尊(太上道君)道徳(どうとく)天尊(太上老君・老子)像があり、著名な太上老君も三清の一人にランクされる事もある様だ。
中国禅宗の六祖・慧能すなわち「南宗禅」の本拠であった韶関(しょうかん)の宝林寺
南華寺)の場合中尊に釈迦如来を置き、脇侍に薬師仏と阿弥陀仏を、手前に十大弟子の阿難尊者と迦葉尊者を配し、三方向に五百羅漢が安置されている。
我が国の三尊像に於いて半跏像の菩薩は阿弥陀三尊
勢至菩薩観音菩薩長岳寺・奈良の興福院・京都の長講堂があり薬師三尊像日光‐月光菩薩に東京国立博物館(元京都の高山寺所蔵)がある、本尊としての形式は宗派により異なる、すなわち浄土宗に於いては阿弥陀三尊が主流であるが、浄土真宗の場合は立像の独尊である。
一光三尊と言う形式があり、北魏時代の様式を踏襲したとされる像で、三尊が一つの光背
(船形)の中に納まる様式を言う、善光寺の阿弥陀三尊像が著名であるが、法隆寺金堂の釈迦三尊像も一光三尊の範疇に入る、また善光寺の元となったとされる、いわゆる祖形と推定される阿弥陀三尊像が東京国立博物館にある。

三尊様式を含む仏像の配置に付いて釈迦三尊の場合は、右側に普賢菩薩が従い左側を文殊菩薩が置かれるが、岐阜の願興寺の場合は法華経を説いている釈迦如来に従う両菩薩は逆配置である、姿形からおそらく意図的に逆配置に造像されている、また創建時に出会ったかも知れない儀軌の影響か造仏師の意図か定かではないが四天王像も・多聞天・持国天・増長天・広目天の順で置かれている、因みに通常は東から時計回りに・持国天・増長天・広目天・多聞天となる。
阿弥陀三尊に付いて山折哲雄著”法然と親鸞”(中央公論社)から引用する、法然の幼名勢至丸と華頂山の勢至堂の関連から勢至菩薩の生まれ変わりと観る、弟子の親鸞には恵信尼の夢を観音菩薩として「観音、勢至の二菩薩が揃踏みをして、阿弥陀如来の両脇をかためる、------法然像と親鸞像を軸とする阿弥陀三尊信仰の誕生---」との記述がある、但し阿弥陀三尊は浄土信仰の比喩として善導が著した観無量寿経義疏の内「()()(びゃく)(どう)が嚆矢と言えよう。
三尊仏だけではなく特異な配置の例は他の著名寺院にも観られる、善光寺に於ける高村光雲とその弟子による金剛力士像と、東大寺南大門と法華堂
(三月堂)の金剛力士像は吽形と阿形が他の寺院と逆配置である、東寺講堂の羯磨曼荼羅に於いても如来菩薩(北東の奥から)明王天群(南東から)のスタート位置がずれている、また国宝三尊像の内、兵庫県浄土寺阿弥陀三尊や京都市の仁和寺金堂の本尊も観音菩薩(通常左)と勢至菩薩(通常右)が逆の配置である、仁和寺に伺ったところ阿弥陀三尊の場合は「阿唎多羅陀羅尼阿嚕力(ありたらだらにあろりき)(きょう)」「観自在最勝心明経第九品」「陀羅尼集経」等の密教系経典を依経として逆配置に置かれていると言う、また延暦寺無動寺明王堂の不動明王(秘仏)の脇侍(左側に矜羯羅童子(こんがらどうじ)右側に制吒迦童子(せいたかどうじ)の配置も左右が逆である。
通常に於いて釈迦如来像は施無畏・与願印が多く造像されたが、禅宗系に於いては瞑想の為か定印を結ぶ像が多い。
親鸞の旧跡に相当する竹之内草庵のある「越後五智国分寺」(新潟県上越市五智3-2021には金剛界でも胎蔵でもない、類例が観られない「五智如来像」が本尊として安置されている、大日如来を中尊に阿弥陀如来、薬師如来、宝生如来、釈迦如来の五尊でサイズは半丈六、1562年に上杉謙信が移築した折の尊像と推定される、因みに両部曼荼羅に薬師如来が置かれる例は無い。

 


      
       
  写真は浄土寺Résuméからの転写ですが、           東運寺・本尊  京都市伏見区淀新町 (上表の三番目) 
  実際の三尊像は蓮弁の上ですが、前面の雲に乗っています。


日本伝わった如来は前表にある諸如来の他に曼荼羅を主に密教仏が存在している、これ等は独尊の場合は少なく曼荼羅や三尊形式が多い。()内密号
1
胎蔵界曼荼羅の大日如来(遍照金剛) ・宝幢如来(福聚金剛) ・開敷華王如来(平等金剛) ・無量寿如来(清浄金剛) ・天鼓雷音如来(不動金剛)
            三尊像の場合  降三世明王  大日如来  金剛薩埵(さつた) 

2
金剛界曼荼羅大日如来  ・阿閦如来(不動金剛・畏怖金剛) ・宝生如来(平等金剛・大福金剛)  ・無量寿如来(大慈金剛)  ・不空成就如来(悉地金剛・成就金剛)  以上を五智如来と言う。
           
三尊像の場合  不動明王  大日如来  般若菩薩  


3七佛薬師  比叡山の密教修法の一つとされ薬師七佛本願功徳経から来ており薬師七体を祈るものであるが薬師如来の分身か別尊かの確証はない、唐招提寺の薬師如来の光背にも七仏薬師が存在したとされる、さらに神護寺法隆寺西円堂・醍醐寺・黒石寺(岩手県)等にも、そのこん跡が見られる、現存する七佛薬師像に松虫寺・鶏足寺(己高閣)には七尊が揃い松虫寺は重要文化財指定を受けている、両寺の相違は松虫寺の場合は中尊が大きく坐像に対して鶏足寺は七尊が立像で像高は概ね均等である。

 1  善名称吉祥王(ぜんみょうしょうきちじょうおう)如来 東方光勝世界  光勝国浄土 
 2  宝月智厳光音自在王如来(ほうげつちごんこうおんじざいおうにょらい) 東方浄瑠璃世界  妙宝国浄土
 3

金色宝光妙行成就王(こんじきほうこうみょうぎょうじょうじゅおう)如来 

東方円満香積世界 円満香積国浄土 
 4  無憂最勝吉祥王(むうさいしょうきちじょうおう)如来 東方無憂世界 無憂国浄土 
 5 法海雷音(ほうかいらいおん)如来  東方無憂世界 法幢国浄土 
 6 法海勝慧遊戯神通(ほうかいしょうえゆうぎじんつう)如来  東方法幢世界 善住法海国浄土 
 7 薬師瑠璃光(やくしるりこう)如来 東方光勝世界  瑠璃光国瑠浄土 

因みに薬師瑠璃光国瑠浄土は十恒河沙(ごうがしゃ)の彼方に存在するが、一恒河沙Gngaと言う数字は異説もあるが、ガンジス河の砂の数即ち10/56乗の距離にあると言う。

4
錠光如来 梵語名 dipakara(ディーバンカラ)燃燈(ねんとう)仏・定光如来と呼ばれる、無限劫の過去仏で前世の釈迦すなわち薔薇門僧の浄幢菩薩を現世で覚者になると予言した、また瑞応経等では釈尊の場合は前世は儒童梵士言われる。
大無量寿経
に依れば阿弥陀如来の場合には54番目の覚者である、無限と言える過去すなわち乃往(ないおう)過去久遠無量(くおんむりょう)不可思議(ふかおもぎ)無央数劫(むおうしゅこう)に「錠光(じょうこう)如来」が出現する、その後錠光如来に次いで各如来が長い年月の間に現れる、錠光如来から53番目に「世自在王如来」が現れると「法蔵菩薩」は世自在王如来の弟子となり、師から210億の仏の世界を示され五劫の間思惟した後に極楽浄土を完成して阿弥陀如来となった。

5,法華経
や大日経の中に具現する多宝如来
(下記)の他多数如来が作り出されている、法華経に現れる仏は多数に及び五仏や多宝如来、錠光如来の他に*日月燈明仏、*燃燈仏、*大通智勝仏、*威音王仏、*雲自在燈王仏、*日月浄明仏、浄華宿王仏、雲雷音王仏、雲雷音王宿王花仏、等々に記述がある。  

6,宝生如来 梵語名 ratnasambhavaラトナ・サンバヴァで五智如来(大日・阿閦・宝生・無量寿・不空成就)の南方に位置し潅頂作用を持ち、万法能生(宝から発生する)・徳を司るとされ黄金色、密号を平等金剛と言い金剛宝・金剛光・金剛幢・金剛笑の四菩薩を従え、印は右手のひらを外に下げる与願印をとる。平等性智(全てに平等の智慧を)総ての衆の利益を本願とする。 攝眞実教に拠れば五指の間より如意珠を降らし天衣服・天妙甘露天・音樂天・宝宮殿を降らし衆生の円満を誓願とする。胎蔵曼荼羅の開敷華王如来と対比される。
また宝生如来は真言宗に於ける最高の厳義、すなわち最高秘奥とされる大法「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」が東寺に於いて真言宗各派の管長などの高僧が集まり国家鎮護などの祈願が行われる真言宗の最高厳儀の本尊である。 

 真言 オン アラタンナウサンバンバ タラク
西大寺 坐像 木造漆箔 平安時代  唐招提寺 立像・乾漆木造混 平安時代  

  


7, 不空成就如来 梵語名amoghasiddh、アモーガシッデイ)不空、すなわち必ず全て円満成就(成所作智)の徳を司るとされ緑色で蜜号を成就金剛・悉地金剛という。
一切の煩悩を滅す事を本願とする。胎蔵界曼荼羅の天鼓雷音如来と同じ本願とされる、但し顕教尊である釈迦如来と同尊と解釈されている処もある、これに付いて頼富元宏氏は密教の歴史を取捨した哲学では釈尊のポジションが不明確になる言う。 
五智如来の北方に位置し羯磨の働きをしており、金剛界曼茶羅の北方月輪の中尊で眷属に金剛業・金剛護・金剛牙・金剛拳菩薩を従える。 

 真言 オン アボキャシッデイ アク


8, 宝幢如来 梵語名Ratnaketu(ラトナケイトウ)で宝の幡を意味する、菩提心の佛で集団の統率する旗手敵存在、赤白色相、蜜号を阿?如来と同じ福聚金剛と言い、智徳、所謂、大円鏡智、菩提心を持って悪魔を降伏させ、印は右手のひらを胸前で外に向ける施無畏印をとる、宝幢とは国語辞典に依れば法幢の美称で仏法の敵を圧倒する猛将の幢(旗ほこ)の事を言い、覚への出発すなわち発心。   真言 ナウマク サンマンダボダナン ラン ラク ソワカ


9,
開敷華王如来 saṃmkusumitarajā 離苦三昧に住み大悲万行、金色、蜜号は宝生如来同じ、種子が花を咲かせる様に(開敷)覚りに導く、平等金剛で衆生に智・徳を平等に開敷する、華が開いた王者。覚への実践を言う。    真言 ナウマク サンマンダボダナン バン バク ソワカ


10 ,
天鼓雷音如来 梵語名divyadundubhimeghairghosa 不動、即ち徳を成就させる仏で、自身の浄土での鼓は自然に妙音を轟かす佛法のアジテーター。涅槃即ち覚の会得、(てん)()とは浄土の一つである初利天(とうりてん)の善法堂にあり敲かなくても雷音を響かせると言う。  真言 ナウマク サンマンダボダナン カン カク ソワカ

 

11,熾盛光如来(しじょうこうにょらい)  京都・青蓮院の本尊で「摂一切佛頂王」とも言い、北極星を偶像化したとも言われ毛孔から飛光を発生させる、即ち無量の光源とされる、円仁が請来した如来で日月星宿等の天を折伏すると言う、また熾盛光法は秘法で特に天台系に於いて天変地異等に関する呪術に使われ天界に君臨する仏とされる。

12,
尊勝佛頂  梵語名 vikiranosniisa(ヴィキラノーシュニーシャ)頭頂部を神格にした如来、胎蔵界曼荼羅の釈迦院の中にあり一切の障害の除去や延命・増益があるとされる、真言宗・天台宗でも重要視されている尊勝法の本尊。 
佛頂尊の代表尊を挙げると「広大佛頂」「極広大佛頂」「無辺音声佛頂」「白傘蓋佛頂」「勝佛頂」「最勝佛頂」「光聚佛頂」「除障佛頂」等々がある。
密教界に於いて仏徳を擬人化した尊像で最勝を顕わしたものが尊勝曼荼羅とされる。
                                                     

13,多宝如来  法華経にのみ登場する如来である、第十一・見宝塔品に登場する仏で、過去仏すなわち釈尊以前に覚者となった無数の如来の中での一尊とされている、東方の宝浄世界の教主とされる。
法華経見宝塔品・従地湧出品15章に「善哉善哉」と讃えて七宝の塔と共に登場して法華経を肯定する如来である、無限のかなた即ち東方の
無量千万億阿僧祇(あそうぎ)の彼方にある宝城国に君臨する如来で智積菩薩等々が従う、因みに智積菩薩とは提婆達多品12章に多く登場する、また阿僧祇(asaṃkhya)とは∞の期間を言う、また1056年とか1064年とする説もある。       
日蓮宗の本尊「三宝尊」に於いて題目(南無妙法蓮華経)の左右に釈迦如来(二仏並座)と共に登場する、また日蓮宗では「証明佛」とも呼ばれれている。(下部に日蓮像が置かれる)
二仏並座の例として鑑真による日本最初の受戒道場である東大寺戒壇院に安置されていたと言う12世紀、大江親通著・他からの引用説はあるが七大寺巡礼私記)、金銅塔の中の銅像で 釈迦如来25,0cm、多宝如来24,2cm が現在は奈良国立博物館に寄託されている、石川県羽咋(はくい)市の妙成寺(みょうじょうじ)など日蓮宗の寺院にも散見でき日立市の宝塔寺にも江戸時代の作とされる像がある。
法華経には他の経典には登場しない如来が存在するが、代表的な如来である、また出自、正体、起源が判らないと正木晃氏は言う。
多宝如来は独尊で造像された例は見られず釈迦如来と並坐形式がとられている、日蓮宗寺院以外には根津美術館の釈尊との並坐像が重文指定を受けている。
その他長谷寺所蔵の国宝で法華経・見宝塔品・従地湧出品15章の教義を曼荼羅化した法華説相図 (千仏多宝塔板・縦83.3:横74.2cm)に彫られている。


14,(いち)()金輪仏(きんりんぶつ)(ちょう)  大日如来そのものと言える尊格で如来の中に於ける最勝最尊を仏頂尊と言う、一字金輪・金輪仏頂王・一字金輪王等とも言われている、釈迦金輪と大日金輪の二系列があり姿形としては釈迦如来大日如来の形を継承している、即ち大日金輪は菩薩形で宝冠・瓔珞(ようらく)腕釧(わせん)一字金輪仏頂を習得すれば。

一字金輪仏頂を本尊とする修法は最強かつ極秘とされている。
中尊寺の寺外、十七箇院の所蔵する一字金輪曼荼羅は大日金輪である。  桂材 彩色 玉眼 76.00cm 鎌倉時代  秘仏。 
如来三十二相に記述される、頭頂は見ることが出来ないと言う「無見頂相」を佛挌化した尊像に「一字金輪仏頂」「大仏頂」「熾盛光仏頂」「最勝仏頂」などが存在する。無見頂相の原本は
(照字面的解釋是看不到頭頂的相、但事實上並不如是、這一種相的鑑定必須修到眼根圓通的人才能看見、而且這一種相是一種相對的看法而無對的看法。因為無見頂相所看的是法身的等級、一個慾界未過就已經具有眼通能力的人、他只要看到初禪的法身,他就已經無法看到對方的頂。但一個初禪的眼通者卻要看到二禪以上的法身、才會看不到頂。同樣的情形下、二禪要看三禪、三禪看四禪、四禪要看無色界、無色界要看超出三界者才能見到「無見頂相」)

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5,(ぶつ)眼仏母(げんぶつも) 密教で崇拝される尊像で真理を洞察する眼が神格化された、経典によって大日如来から所変、釈迦如来から所変、金剛薩埵から所変が存在する。一切仏眼大金剛吉祥一切仏母」と言い仏母尊とも言われている、胎蔵界曼荼羅の遍知院に存在し仏眼法の本尊である、彫刻に作例はなく絵画に高山寺所蔵の○仏眼仏母絵が知られている。

16、大通如来  大通智勝(だいつうちしょう)如来とは法華経、第七、化城喩品(けじょうゆほん)だけに出てくる仏で、阿僧祇劫(10の59乗)asakhyaの昔に「偉大な神通の智慧を用いて勝利に導く如来である。
その昔好成(こうじょう)と言う国に於いて三千塵点劫(じんてんごう)と言う無限の過去、在家時代に十六人の子供がいた、阿閦
(東)、阿弥陀(西)、釈迦(娑婆)達で釈迦如来は十六番目の子供と言われる、四国霊場、五十五番札所別宮山金剛院光明寺南光坊に仏格が置かれて、通常の智拳印とは逆手で結ばれている、如来の寿命は五百四十万那由陀(千億)劫と言われる。

 

1、 薬師王薬師上二菩薩経に拠れば薬師如来の脇持は前二菩薩は適切とする説もある。  


注2、 阿難陀・大迦葉 釈迦十大弟子の内二名、   


注3、 十大弟子 

(1) 舎利弗(しゃりほつ) (法華経で釈迦の相手として多く登場・シャリープトラ)智慧第一・
(2) 摩訶目連(まかもくれん) (通称目連・盂蘭盆会の起源・マハ-マウドガリヤ-ヤナ)神通第一・
(3) 摩訶迦葉 (一番弟子・釈迦の死後教団を統率、マハ-カーシャパ)頭陀第一・
(4) 須菩提(すぼだい) (空の理論の第一人者・スーブーテー)解空第一・
(5) 富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし) (プールナマイトラーヤニープトラ)説法第一・
(6) 摩訶(まか)迦旃延(かせんねん) (マハ-カッチャ-ナ)論義第一・
(7) 阿那律(あなりつ) (心眼の第一人者釈迦の従兄弟、アニルダ)天眼第一・
(8) 優波離(うばり)  (元理髪師・ウパーリ)律第一・
(9)羅睺羅(らごら) (釈迦の息子・ラーフラ)戒行第一・
10阿難陀(あなんだ)  (釈迦の従兄弟・経典結集は彼の記憶から始まる・アーナンダ)多聞第一・を言う。

4 主な五智如来 

東寺(京都)木造(智) 大日 284,0cm 阿? 136,7cm 宝生 140,0cm 無量寿 136,5cm 不空成就 135,0cm 室町時代         

●安祥寺(京都)(智) 木造漆箔 大日 161,2cm 阿? 109,1cm 宝生 108,2cm 無量寿 109,7cm 不空成就 107,3cm 平安時代     

●大日寺 木造(奈良) (智)大日 977cm 阿? 52,5cm 宝生 52,4cm 無量寿 52,6cm 不空成就 53,3cm 平安時代        

●遍明院 坐像 木造漆箔 大日 91.2cm 阿? 51.8cm 無量寿 51.4cm 不空成就 52.0cm  藤原時代   岡山県邑久郡牛窓町 

●金剛三昧院 木造(和歌山)(智) 大日 82,4cm 阿?51,8cm 宝生 52,3cm 無量寿 52,9cm 不空成就 53,2cm 平安時代   


注5、 観音菩薩を中尊とした三尊佛が少数存在する。 

●教王護国寺  帝釈天立像    21,7cm 観音菩薩立像 24,9cm 梵天立像   21,7cm  木造 鎌倉時代 

●正覚院(香川) 毘沙門天立像 106,4cm 観音菩薩坐像 99,3cm 不動明王立像 98,7cm 木造 鎌倉時代 

●瀧山寺(愛知) 帝釈天立像   104,9cm 観音菩薩立像 174,4cm 梵天立像 106,5cm 木造彩色 鎌倉時代

6、 四方佛 四方に佛国土があると言う考えがあり、東方の浄瑠璃世界に薬師如来  西方極楽浄土に阿弥陀如来  南方娑婆に釈迦如来  北方弥勒浄土に弥勒如来 があり、興福寺や東寺の五重塔を初めとして多く存在する。


7、阿弥陀如来に従う脇侍に付いて、 観自在最勝心明経第九品や
観世音菩薩の画像法やその供養儀式を説いた阿唎多羅陀羅尼阿嚕力(ありたらだらにあろりき)(きょう)など密教経典には、多く右観自在・左大勢至とす。 観自在最勝心明経第二品には右観自在、左金剛手とある。 陀羅尼集経二には右十一面、左大勢至の記述がある、以上密教大辞典・縮刷版 法蔵館より。

注8、
(そん)勝仏(しょうぶつ)(ちょう)とは、梵語名ヴィキラノーシュニーシャ(vikiranosniisa)は、肉髻を佛格化した尊名。

 

 


   
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   最終加筆日 2004627 12月9日  2005618日 2014年4が教王護国寺24日 2015年3月7日 8月21日抜苦予楽 2016年1月9日 4月26日加筆 

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