狩野尚信(なをのぶ)
1607-1650年 仏像案内 寺院案内 絵師 狩野孝信の次男で探幽の弟。 僧籍に入り自適斎と称する。 父孝信の没後跡目を継ぐが後に江戸へ入り1630年には幕府御用絵師となる。 探幽と共に日光東照宮本殿や聖衆来迎寺の障壁画を画く。 尚信の属する木挽町狩野は子の常信が発展させ、この家系が江戸狩野の中でも最も繁栄した。