普賢菩薩

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普賢菩薩は顕密多くの宗派に於いて修行のシンボル的重要な役割を担う菩薩である、顕教すなわち華厳経では女人成仏を説き、密教に於いては金剛薩埵と同尊的な存在で菩提心のシンボル的な役割を担っている。
梵語名Samantabhadra
(サマンタ・叶う・普く)(バドラ・吉祥・賢い)音訳を「三曼多跋陀羅(さんまんたばだら)と記述され、普賢の漢訳は意訳である、即ちSamantaは行き渡る(普)bhadraは吉祥(賢)に相当する、要するに行を司る、仏教の菩薩行には智慧と修行のバランスが必須である、釈尊の脇侍を務め智慧を司る文殊菩薩とで行と智をバランスよく満たしている。
法華経に於いては一切衆生の救済を求め「十大願」
(注6をたてる事により凡ての仏国土に赴き、諸菩薩の行うべき本願を代行する、即ち文殊菩薩に智に対して行の徳すなわち修行を担当し仏教の教えの最終目的の智慧と修行を満たしている。 
法華三部経(注7)法華経に登場する真打的な菩薩である、すなわち最終品・普賢菩薩観発品(かんほつほん)第二十八」等では修行が強調され「観普賢菩薩行法経」では六根を清浄する会の本尊である、因みに六根とは眼、耳、鼻、舌、身、に意識を加えた根を言う、また法華経信仰者を護持する菩薩として記述されている、また女人成仏に顕れ信仰者を守り慈悲・理知・を顕す菩薩である、古くは法華経を典拠として描かれた法隆寺壁画の北壁画があるが奈良時代には金光明経を典拠とした華厳宗の台頭で造像されなかった,しかし平安時代末には法華経信仰の回帰により盛んに造像される様になる、さらに密教の広がりと共に普賢延命菩薩が禁裏に守護尊として重用される、特に天台宗に於いて普賢延命祈願は四大儀礼に数えられて重要な行事として扱われている、女人成仏に付いて記述されている経典は法華経第十二品、
提婆(だいば)(だっ)多品(たほん)」が唯一である、但し龍女の成仏は女性ではなく性転換すなわち、変成(へんじょう)男子(なんし)転女(てんにょ)成仏(じょうぶつ)としてである。
華厳経入法界品にも十願の他に普賢菩薩が触れられており善財童子が最後に行き着いた菩薩であると言う、また前述の法華経・陀羅尼品では重要な尊格として記述されている、守護神として記述される天女の姿の十羅刹女や、その母親の鬼子母神を眷属を従える事がある、因みに羅刹女とはインドに於いては人食いの鬼神で梵語のラークシャサ
rakasまたはラクシャスrākasaの音訳で・藍婆(らんば) ・毘藍婆(びらんば) ・曲歯(きょくし) ・華歯(けし) ・黒歯(こくし) ・多髪 ・無厭足(むえんそく) ・持櫻洛(じようらく) ・皐諦(こうてい) ・奪一切衆生精気(だついっさいしゅじょうしょうき)、で十羅刹女となる、普賢菩薩を先頭に十羅刹女が法華経を守護する事から女性達に法華経人気を得た、因みに前述の華厳経・法華経の他に普賢菩薩を構成する重要経典に「観普賢菩薩行法経」がる、普賢菩薩の行と願を賛美する不空漢訳の「普賢菩薩行願讃」がバイブル的存在である。  
因みに十羅刹女の内、毘藍婆(びらんば)と尼藍婆(にらんば)の二羅刹女は地天女と共に兜跋毘沙門天を支える事がある。
佛教には智慧と修行のバランスが必須であり、普賢菩薩の行に文殊菩薩の智慧とで真の輝きを持つようである。
顕教に於いては文殊菩薩と共に釈迦如来の脇侍(随侍)として三尊形式をとる場合と、独尊では法華経普賢菩薩勘発品第28で釈尊に誓った六牙の白象に蓮華座を乗せて坐し合掌する場合とがあるが、初期の作品は白象を台座とせず方座の上で如意を持っている像がある、ちなみにこの釈迦三尊形式は中国漢字圏の西端にある敦煌壁画が嚆矢とされるが、概ね日本独自の形式とも言える様で、インドなど他国では文殊菩薩と共に独尊信仰される場合が多い、普賢菩薩は華厳経、入法界品
(普賢菩薩行願讃・十大誓願)(注6)にも記述されており東大寺では毎月15日には普賢菩薩行願讃が読誦されている、ちなみに六牙は六波羅蜜を表すと言う。
文殊菩薩とのペアーに付いて言えば、文殊菩薩の智慧に対して普賢菩薩の行を協調で理想的なバランスを構成している。
密号を「普摂金剛」「真如金剛」などと言い、 胎蔵界曼荼羅・中大八葉院の中で五佛
宝幢(ほうとう)如来・開敷華王(かいふけおう)如来・無量寿(むりょうじゅ)如来・天空雷音(てんくらいおん)如来)に並び観音菩薩文殊菩薩弥勒菩薩・等と共にあり文殊院にも存在している、金剛界曼茶羅では賢劫(けんごう)十六尊の中で微細会・供養会に描かれており、理趣会を普賢会と呼ばれる事もある、特に密教では大日経䟽に於いて普は総てに行きわたると言い非常に重要なポジションにある。
密教経典には普賢菩薩は菩薩の行の代表佛で賢者の功徳・理性・知性を説かれており重要視されている、また強く堅固なパワーを示す事から密教では金剛薩と同尊とも解釈されている為に持物は金剛杵・金剛鈴を持つ、同尊とされるのは堅固で不滅、即ち金剛不壊(こんごうふえ)の求心からであり、普賢金剛薩
・普賢菩薩・延命菩薩vajrāmoghasamayattvaと呼称される像全て同尊と言える、経典には普賢菩薩の教えが説かれている、即ち最後の「入法界品」に善財童子に対して10項目(6に亘り説かれている、仏を敬拝・仏を讃美・供養・懺悔等が説かれている、また八大明王の一尊である歩擲(ぶちゃく)明王に変化(へんげ)して六道を廻り仏教に帰依させたと言う。
密教では普賢菩薩から派生し普賢延命菩薩となる、特に天台宗に於いては普賢延命法
(天台四大法の一呪法)があり重要視されている。 
これは胎蔵界曼荼羅の遍知院の最左側に二十臂に杖や輪を持って描かれている大安楽(だいあんらく)不空(ふくう)真実(しんじつ)Vajramoghasamayasattva菩薩と同尊とされ主に長寿祈念に利用される。    金剛薩埵・
・た、は機種により文字化けします)  
通常釈迦三尊と言えば脇侍は普賢菩薩(右)文殊菩薩(左)である、これは釈尊を中心とした普賢の行と文殊の智慧を均衡させたと考えられるが殆どは平安末期の作である、陀羅尼集経(だらにじっきょう)では騎獅子文殊・騎像普賢は「金輪佛頂尊」と言う大日如来の変化仏の脇持であった、藤原時代に入ると女人往生を言う法華経信仰が盛んになり、それに伴う女性信者を意識した単独造像が行われる、釈迦如来の脇侍であるが逆の配置も存在する、釈尊が法華経を説いているとされる逆転法輪印を結ぶ願興寺の三尊は逆配置である。
合掌像も作られるが顕教系の尊形が多い、合掌像以外の単形の場合は金剛鈴や金剛杵などを持と場合があり多頭・多臂も多く密教の影響を色濃く持っているものがある、特異な姿形として
胎蔵曼荼羅・遍知院は二十臂像であり、宝冠に五仏を付け蓮華座に趺坐している、また・持光寺の国宝・普賢延命菩薩は四天王を頭部に乗せた白象が支えている、因みに密教に於いては普賢延命は延命法の本尊として命名された
また松尾寺の国宝・
普賢延命菩薩は不空訳の「一切諸如来心光明加持普賢菩薩延命金剛最勝陀羅尼経」を依経とした二臂で五仏を付けた宝冠をかぶり金剛(しょ)・金剛(れい)を持ち白象に乗り、その白象を千躯の白象が支えている、因みに普賢延命菩薩は天台宗に於ける息災延命を祈願する修法の本尊である。
中国では古来より菩薩信仰に篤く仏教四大名山と呼ばれる四大菩薩の聖地があり、説法道場の本尊は総て菩薩で占められる、・普賢菩薩の聖地は四川省の・峨眉山(がびざん)、因みに山西省の・五台山~文殊菩薩、 浙江(せっこう)省の・普陀山~観音菩薩、 安徽(あんき)省の・九華山(きゅうかざん)地蔵菩薩が言われ、前三所を三大聖地と言う。

真言  オン サンマヤ サトバン 


1, 胎蔵界曼荼羅の遍知院には五佛宝冠・二十臂像がある。 


2, 絵画では東京国立博物館 普賢菩薩  ・豊乗寺(鳥取)普賢菩薩   ・持光寺(広島県) 普賢延命菩薩  ・松尾寺(京都) 普賢延命菩薩が国宝指定を受けており、彫刻では常覚寺(奈良県五条市)・大山寺(大分市八幡)の普賢延命像が文化財指定を受けている。

3、普賢延命法 天台宗の延命祈願に於ける四大法の一つで平安時代中期から普賢菩薩は延命菩薩として天皇家の守護尊となる。 

注4、釈迦如来の教えの完璧を期すには智慧と行の調和が必要であり文殊菩薩の智慧と普賢菩薩の行が調和して完成される。

5、法華経の普賢菩薩勤発品第二十八。 


6、十大誓願(本願)とは主に比叡山の浄土信仰者に用いられた願で、法華経・普賢行願品に記述されている。 
1、礼敬諸仏  (仏を礼拝) 
2
、称賛如来  (仏、如来を礼賛)
3
広修(こうしゅ)供養  (広い心で供養)
4
、懺悔業障(ごっしょう)  (懺悔・罪を悔い改める)
5
随喜(ずいき)功徳  (他の菩薩の功徳を喜ぶ)
6
請転法輪(しょうてんぽうりん)  (法の教えの請願する)
7
、請佛住世(じゅうせ)  (永遠住世を願い、仏が現世に存在を願う)
8
常随(じょうずい)佛学  (仏に従い法を学ぶ)
9
恒順(ごうじゅん)衆生  (衆生の生を敬う)
10
普皆(ふかい)廻向 (総ての衆生に慈悲・功徳の誓願)  

 

7、法華三部経とは「法華経」「無量義経」と法華経の行動方法を説いた「観普賢菩薩行法経」を言う、三番目の観普賢菩薩行法経とは法華経の結経(12番)の最終章である「普賢菩薩勧発品(かんぼつほん)」をうけて書かれている、(どん)無蜜(むみっ)()訳が知られている、釈尊の入滅前に普賢菩薩の修行のありさま(大乗経典を読み昼夜六時に普賢菩薩を観せよ)と六罪の懺悔を説いている、また法華経の修行を勧める第七章「普賢勧発品」も忘れてはならない。 

  

主な普賢菩薩像   印 国宝   ●印 重要文化財 

持光寺 絵画  普賢延命 絹本著色 掛輻装 146,0cm×85,0cm   平安時代   広島県尾道市西土堂町9−2

松尾寺 絵画  普賢延命 絹本著色掛輻装 139,4×67,0cm      平安時代   京都府舞鶴市松尾532

豊乗寺 絵画    絹本著色 額装   102,4cm×52,1cm      平安時代   鳥取県八頭郡智頭町新見73  東京国立博物館寄託

東京国立博物館 絵画  絹本著色 掛輻装 159,5×74,5cm  博物館公式サイト   平安時代 

大倉集古館  彫刻    木造彩色 56,2cm(全高140.5cm) 騎象像        博物館公式サイト  平安時代

法隆寺 普賢延命・坐像 木造彩色 91,8cm 平安時代                      

法隆寺 坐像 木造漆箔(伝六観音) 

●竜田寺(佐賀市久保泉町) 普賢延命・騎象像 木造漆箔         

●円證寺(生駒市) 騎象像 木造漆箔 藤原時代 
岩船寺 騎象像 木造彩色 38,9cm 藤原時代 

●普賢寺 坐像 木造 93,2cm 藤原時代 

考恩寺(大阪) 立像 木造彩色 167,5cm 藤原時代 

●竜田寺(佐賀) 騎象像 木造漆箔 玉眼 78,2cm 鎌倉時代 康俊作   
●常覚寺(奈良県五条市) 普賢延命菩薩 木造漆泊 98,8cm 藤原時代 

●大山寺(大分市八幡) 普賢延命菩薩 木造彩色 87,7cm   藤原時代
●安楽寿院(京都市伏見区竹田内畑町) 絹本著色 

最終加筆日2,0047月12日   20051024日普賢延命加筆 12月17日注3、20061123日十大願 201466日脇侍逆配置他 2016年6月19日 2017年1月31日 4月20日 11月20日 2019年7月20日 2020年3月12日 6月19日加筆    





  

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